日記・コラム・つぶやき

あけおめ〜〜る

今年はいちお喪中やったので、年賀メールになりました。
   
ついでに年賀ブログ。
   
新年あけましておめでとう!
   
   
イエーイおみくじ大吉やった♪
 
しかもその後マックスバリュ行ったら、狙ってたあんこ餅が最後の1袋だけ残ってたー!ゲッチュ!
まさに大・福やね。
   
   
しかし今回のNHK紅白歌合戦は感動的やったね。
生まれてこのかた、あんなに日本のみんながひとつになった紅白は見たことがない。
見てよかった。
   
ついでにもひとつ見てよかったのが、『お正月芸能人格付けチエック』!
今年も一流芸能人Gackt様の勇姿を拝もうと、テレビを見ていたら、
音(ヴァイオリン)と、
演出(ドラマを監督した映像)と、
ダンス(振り付け)は、
違いがすぐにわかった!
特に演出は、お笑い芸人の撮った映像がヒドすぎて一発目でわかった(笑)
ヴァイオリンは、名器の演奏の方が、音の表現力と深みが違ったし、
ダンスも、有名振付師の作品の方が、より複雑で洗練されてた。
うおお、これはもしかして、ちょっと一流に近づけたんじゃね?
去年まではうっすらとしかわかんなかったのに。おっしゃああ元旦から幸先いいぜ!
芸術専攻しててよかったっ\^o^/
それとも今年は簡単になってたのか。
さて……そんなお正月。
   
旧年中はとってもとってもお世話になりました。
今年はさらに思いきって、龍が空高く駆けのぼっていくように、どんどんいい年にしていきましょう!
この1年があたしにとってもあなたにとっても、いい日々でありますようにheart01

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夢かたり

 夢を語ろう。
 どんどん語っていこう。

 希望を持とう。夢がふくらむね。

 世にあふれる決まり文句やコピーはそう言うけれど、ほんとうにそうしている人はどれだけ少ないのか。
 大人になって知った。

 その日こさっぺは、ちょっと鬱屈した気持ちで本屋をうろついていた。
 前いた会社の女の子たちとお茶してたんだけど、話の内容がどうにも噛みあわなくて、本屋に居場所を探しに行ってたのかもしれない。
 考えれば仕方のないことで、彼女たちはあたしが嫌だった仕事を当然にこなし、きちんと会社の枠におさまって、平凡だけど幸せなOL生活を送っているのだ。
 政治むきの話になった時の意見の決裂には、肝が冷えた。もう本当になにも言うのはやめよう、と思った。
 根本の主義主張が違うのは当たり前、だからあたしは、その社会にいられなかった。
 素直に思ったことが言えない。居場所がない。
 しょんぼりと本屋を歩いていると、『絵・イラスト』の棚に来たので、ぱらぱらと本をめくっていると、突然隣から声がした。
「あの、絵とか描きはるんですか?」
 女性だった。30すぎくらいか。おしゃれなストールに、揺れるイヤリングがきらめく。
「は、はい~、まあ」
「上手に描けはるんですか~? あたし全然絵心なくてー、本見て勉強しようかと思ったんですけど」
 おおらかで、勢いのあるしゃべり方だ。それから一定時間、絵にまつわる世間話をした後、仕事とかの話になって(ライターをしているらしい。あたしも合わせて元の仕事をしてると偽装)、なんだか共通点も多く、饒舌になって話は弾んで弾んで、しまいには生き方や考え方について、本棚の前で何十分も語ってしまった。
 最後には携帯アドレスの交換までしてしまった。
 もう、怒涛の勢いだ。
 その後も、つまらなかった合コンの帰りみたいにブッチするようなことはなく、帰りながら速攻メールの交換をし、2、3日後にはお茶をする約束まで、その日のうちにしてしまった。
 だって思ったのだ。
 新しい扉が開いた。もし運命というものがあるなら、これがその力による出会いだ、なんて。
 今あたしに必要なのは、少し年上の、自己を確立して、さらなる飛躍をめざすバリキャリお姉さんなんだわ!
 思えば前に仲良くなった人もそうだった。秘書経験あり、広告関係の仕事をして、自分を磨いている6つ上のお姉さんだった。その子とは自慢じゃないが会社辞めた時期も同じだったし、クリスマスまで一緒に過ごした(笑)
 そうだ、あたしが求めているのは、目指しているのは、こういう女性よ!
 ああ、あたしの居場所はこれなんだ。話す内容があまりにも自分にしっくりきて、開放された気分だった。誰にも言えなかった本音を、素直に話してもいいんだ、と思えた。

 そんなわけで、結局5日後に、梅田で一緒にゴハンを食べることと相なりました。
 もう最初から、あの日言えなかった、
「実は仕事辞めたんです」
 を言おうと心に決めていた。(いや、初対面でいきなり仕事はいま無職です、とは言いにくい)
 言ったところで、お姉さんはすんなり受け止めてくれた。
 彼女は考え方がとてもあたしと似ていて、会社の枠にはめられて仕事するのは嫌だ、自分の代わりがいない仕事がしたい、出世して上に行こうとする人の上っ面や陰での文句は耐えられない、文句を言ってくすぶるだけの人生なんて嫌だ、やりたいことがたくさんある、自分をもっと高めてからでないと結婚はない、などなどなど……
 一般常識にとらわれない、いわゆる異端、革新、やりたいことをやって人生を切り開く道を行く人だった。
 話を聞いていると、やりたいこと、夢や明確なビジョンが次々口から飛び出てくる。
 あれがやりたい。これがやりたい。こんな出会いがある。もっと経験したい。いろんなものを見たい。このままじゃいられない、もっと高く高く高く。やれる。できるよ。絶対そうしよう!
 ああ、夢を語る人というのは、こういう人をいうのかと思った。be ポジティブ!
 溢れんばかりのエネルギーから、希望やビジョンがどんどん出てくる。口に出された瞬間、本当に実現できそうな気がしてくる。
 あんなに夢は大事と世間では言っているのに、未だかつてこんな人と出会ったことがなかった。
 学校にも会社にも、作家の大先生だって、ここまで若く希望に満ちたきらめくエネルギーを放つ人はそうはいない。(まあ大家の先生はもうおじいちゃんというのもあるけど) いや職業なんてもはや関係ない。
 文句を言う人はたくさんいる。
 あれがだめ、これがだめ、馬鹿なことは言うな、そんなの無理に決まってる、辛いのが現実なんだ、ああ昔はよかったのに今は全部だめ、だめだめだめ、お前なんか俺の足元にもおよばないぜ。
 大人はどうして汚くなるのかしらん、と思うけど、だめだめ言う人は、自分の何かが上手くいかないから人に当たってるだけかもしれない。
 だって夢に向かって前進し続けてる人は、そんな、人に嫌なことは言わない。むしろ前向きに未来を照らし、応援する言葉をかけてくれるんじゃないのか。このお姉さんみたいに。

 自分の世界の狭さを思い知った。もっともっと、いろんなものを見て、人に会って、見聞を広げていこう。なんせ人生まだ始まったばかりだもんね。
 そんなわけで異業種交流会に誘われたので、そっちにも行ってみることにした。なんでもお姉さんに影響をおよぼした実業家さんや、活動的な、いろんな経歴の人がいるらしい。
「変な宗教じゃないの?」なんて足を引っ張るネガティブなチャチャは入れないでよ?(笑)
 とにかく飛びこんでみる。そこから世界が広がるかもしれないもの。

 ちなみに、お姉さんに、
「なんであの本屋で声かけてくれたんですか?」
 と聞くと、
「うん、こさっぺちゃん、本見てる時に口角が上がってて、すごく絵が好きなのかなぁ~と思ったから」
 出会いなんてそこらにあるし、カフェで隣の席になった人とも友達になれるよ、とお姉さんは笑った。
 本を読んでニヤケていたのが功を奏したらしい。

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SFおじさんもちつく

今日SFで短編デビューしてるおじさん(通称ニワトリおじさん)と話した。

落ち着く。。

地元近いし(関係ない)。絵も描くとか言ってるし(オドロキ)。

やっぱSF畑の人の方が感性合うのかもしれん。
眉村卓先生も好きだし…。
ハッ、もしかしてファンタジーでなく、SF書くべき!?
SF大会とか行くべき!?
岡田のトッシーもおもろくて好きだ。(注:岡田斗司夫先生。たぶんSF大会の創始者)

いやいや、科学苦手やから無理やな。
思考回路は魔法でできてるし。
でも実は、小学生のころ初めて(?)書いた長編小説はめっちゃSF。(詳しい人には絶対見せられない。しかも挿し絵つき)

うん、でも色々読もう。
尊敬しますよ何かそーゆー機械知識。

いまだにフォトショップの使い方ようわからん(ノ><)ノ

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おじいちゃんLove!

 こさっぺはおじいちゃんが大好きである。

 おじいちゃんというのは、父方の祖父で、岡山に住んでいた、私のおじいちゃんだ。
 さいきんは老後を考えて(笑)、おばあちゃんと一緒に、うちの実家の近くに越してきた。

 そのおじいちゃんがボケてしまって、もうかなり弱っているらしい。

 そう聞いてはいたものの、家族関係の、嫁姑や介護の大変なところに、首をつっこむのがためらわれて、長くおじいちゃんに会いに行けずにいた。

 しかし、ひょんなことから、おじいちゃんの夢を見た。
 昔の大好きなおじいちゃんのままで、すぐ側にいてくれていたような、感覚の残る夢だった。
 目覚めたとき、ふと思った。
 このまま大阪で、何でもない生活を送って、何年も会わずにいたら、おじいちゃんは知らないうちに、いってしまうんじゃないか。
 あたしは大好きなおじいちゃんに、もう会えないんじゃないか。

 そんな恐怖におそわれて、
(これは会いに行かんといけん)←やや岡山弁
 と、夜闇の中飛び起きたまま、やたら決意があふれてきた。
 そんなわけで次の月、実家へ帰ったときに、おじいちゃんに会いにいったのだ。

      

 おじいちゃんは、かなりのイケメンである。
 あれほどイケてるメンズを、私はいまだかつて見たことがない。(今はボケているが)
 なんせ子供心に、はじめて母親以上に好きになった人が、おじいちゃんなのだ。

 おじいちゃんは、穏やかな人だった。
 ピアノやバイオリンを弾けるなど、どことなく品がある。
 昔、子供用のバイオリンを、わざわざ私に貸してくれたが、残念ながら私には楽器の才能がなかった。。が、そんな時もハハハ、と笑って、
「ええ、ええ」
 と、押しつけるでもなく、優しくおさめてくれた。
 子供心にも、教養と知恵と、なにより聡明な人格に魅了されていた。
 今から思えば、上人とか聖仙とかジェダイマスターというのは、まさしくこういう人のことをいうのではないか。
 とにかく、第一級の知識人であることには、間違いない。

 おじいちゃんは高校教師(社会科や、コンピューターのプログラミングの先生)だったが、おばあちゃんも銀行員(中国銀行)などで働いていたため、結構蓄財していたらしい。
 家はでっかくて豪華で、常にキレイでピカピカにしていた。なかなかのお金持ちっぷりである。
 まだ教習所がない時代に、警察署で免許をとっていて、カーナビ付きの6人乗りの車を持っていた。

 その車に乗せてもらった時、幼い私は初めて『カーナビ』というものを見たのだが、おじいちゃんは、
「これはアメリカ軍が戦争のために、衛星で日本の道路のデータを発信しとるのを、わしらがカーナビのデータとして受信しとるんじゃ」
 と教えてくれた。
 おじいちゃんの中で、まだ戦争の記憶が強いことを感じた。

 おじいちゃんは大学生の頃、“学徒出陣”で、第二次世界大戦に行った人だ。
 上手いこと上層部にもぐりこめた(父親が警察だったからか?)ことと、戦争も終盤にさしかかっていたため、生きて帰ってくることができた。
 一度、太平洋戦争で使った、日本軍の刀を持たせてもらう機会があったのだが、
 真剣は以外に短くて、かつ重くて、グリップは握りやすかった。
 まさしく、人斬り“包丁”という感触だった。
 日本軍の桜マークのかざりが、刀の随所にあって、たしかな歴史と、生き抜いてきた人の強い意志を感じた。

 そんな戦中を生きたおじいちゃんも、引退後は遠出の散歩やビデオ編集やクラシック音楽を趣味に、穏やかに暮らしていた。
 私も一緒に遊んでもらった時は、
 岡山の家の前にあった、深い緑の谷が広がる公園に、一緒にお散歩に連れていってもらったり、
 家族ぐるみで遊びに行った先で撮った映像を、ビデオ編集(タイトル、解説文字つき)したテープでもらったり、
 おじいちゃんの部屋で、クラシックCD全集の中から、気に入った曲をテープに録音してもらったりした。
 今考えると、遠出の散歩やビデオ編集やクラシック音楽も、全部今の私の趣味になっているから不思議だ。

 そして、私が大学生になるころからか、おじいちゃんは体調が衰えたと言うようになった。
 おじいちゃん(と私)は武家の家系で、祖先は敏達天皇という天皇までたどれるらしく、私が通いだした大阪芸大の近くに、その祖先の古墳があるからと、
「ほんまは一緒に見に行きたいんじゃけどなぁ、ちょっと体調が悪いんじゃ」
 と言っていた。
 その前までは、先祖ゆかりの地に、時には遠く長野県の方まで車をとばして、元気に調べにいっていたらしい。
 大学生になりたての私はまだ、先祖が武家や天皇なんて、まゆつばものだろうと思っていたから、大して強く共感して受け止めていなかった。
 後に、大学卒業間近になってから、大学の真横にあった敏達天皇の御陵に、卒業祈願(?)にいくなど、1人で敏達天皇時代あたりの、蘇我氏や聖徳太子なんかの歴史を調べることになる。
 その時、
(子供の頃、音楽と美術しかない学校に行きたいと思ったことがあったし、先祖の墓がこんなに近くにあるということは、これはもう大阪芸大に来ることは昔から決まってたんやな)
 と、しみじみ思ったりした。

   

 そんなこんなで、おじいちゃんに会おうと実家に帰ってきたところ、おじいちゃんはもはや、病院に入っていることが判明した。会いたいと言うと、家族には、
「おじいちゃん、もうあんたが誰かわからんで」
「行っても、どっかの他人のお姉さんやと思われるで」
 とさんざん言われたが、
(いや、いける)
 と、私には強い決意があった。
 おじいちゃんに会わなければいけないし、心が通じると信じて、万感をこめて話せば、何かが通じて、必ずわかってくれるはずだ。
 そう確信して、お母さん、おばあちゃんと共に車に乗り込んで、おじいちゃんのいる病院へ向かった。

 車椅子で出てきたおじいちゃんは、昔よりか細くなっていた。
 でも私は、話したかったことが溢れ、病院移動する車の中で、矢継ぎ早にハイテンションで話し出してしまった。
 おじいちゃんは、私のことを覚えていた。わかっていた。
 昔、CD全集をよくテープに録音してもらったことや、
 そのCD全集を私が子供の頃、
「わしがおらんくなったらこれ全部あげるわ」
 と約束してくれたこと……までは覚えていなかったが(笑)、その場でおばあちゃんの許可が出て、貰い受けることになった。
 あと最近になって、先祖の歴史を調べだしたことも理解してくれたし、
 本当はおじいちゃんと一緒に調べに行きたかったことや、初めてお母さんより好きになった人がおじいちゃんだと告白したら、とても喜んでくれた。
 やっぱり心をこめて話したら通じるんだ。わかってくれたことがうれしかった。

 その後、検査に入ったおじいちゃんは疲れてしまったらしく、朦朧として出てきたが、手足の血色が悪くなったおじいちゃんに、
「パンとお茶がたべたい」
 と言われて、駅前までパンを買いに走ったり、腫れて血色の悪くなった手を握りつづけたり、車椅子を押して車まで運んだりして、病院から出ている間、最後まで付き添うことができた。

 そうして、おばあちゃん家で念願のCD全集を棚ごともらって帰った後、私はふたたび、我が家に伝わる古文書を紐解いた。
 おじいちゃんも調べていた我が家の歴史を、一番くわしく知っているのは、おじいちゃんの弟にあたる人らしい。
 今も、岡山の本拠地で、旧家をかまえて暮らしているという。
 私はおばあちゃんにたのんで、その人に連絡してもらい、
「あの、お兄さんの孫ですけど、最近ウチの歴史に興味が出てきまして、教えてもらいたいんで、次の休みの日にお宅まで聞きにいってもいいですか? あ、もちろん墓参りもかねて……」
 と言うと、喜んで快諾してくれた。

 私は晴れて、我が本籍のある、おじいちゃん生誕の地へ、旅に出ることが決まった。

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おとんの特許は18億

 ちょっと体調がよくなってきた。
 ただちょっと朝はまだ体が重いこさっぺです。

 さて、こさっぺのおとんは「研究者」であります。
 以前のブログ「アンチ『ドラゴン桜』」で、おとんをボロカスに言ったので、ここはちょっと、おとんアゲupwardrightを行っておこうと思います。

 うちのおとんは、大阪大学の工学部で、電子工学とかゆう、もはや難しすぎてワケのワカランものを専攻していたらしい。
 で、会社で医療機器を発明?して、特許も10個くらい持っているのだとか。
 そして最近、その特許の技術を、アメリカの医療機器メーカーが、勝手にパクッて使っていたらしく、おとんの会社が訴訟を起こした。

 そうして、払われた慰謝料だか特許料が、18億円

 18億…! 一生遊んで暮らせるがな!
 ところで、おとんのふところにはいくら入ったの? というと、
「なんも」
 払われてへんとのこと。。
 まあ、会社で研究費が出てやった研究だから、みたいな。
 なるほど、そりゃおとんの会社、バカでかいハズやわ。日本庭園に茶室に、わけわからん瞑想かまくらまで、作れるハズやわ。
 ちなみにおとんの会社はSysmexとゆう。

 この会社のデカさに唖然となるとともに、おとんの株がグッと上がった。
 それとともに、当時勤めていた銀行が、新本店を購入して「デカいやろ」と大いばりやったのに・・・( ゚д゚)ポカーン やった。

 しかし!
 やはりおとんというのは、世のおじさんたちというのは、悲しい生き物なのだなぁと思う。
 会社で18億の価値があろうとも、家庭生活においては、全くのダメダメだったりする。
 も~おとん、頼りないなあ… なんてことが家族内であると、もう、存在価値そのものがアヤシくなってくる。
 だから、世のおじさんたちは、会社に依存しようとするのか。
「ワシはエラいねんぞ、上席課長様やねんぞ!」
「会長様じゃい、面を下げろ!」
 と世のおじさんたちがエバるのは、それしか自分のより所がないからではないのか。
 だって、一歩世間に出れば、おじさんとは、ただそれだけで煙たがられる存在である。
 娘にはクサいと言われ、世間でも女子供ほど大事にされない。本来なら、自然の中の老獅子が、若獅子に追いやられるような歳になっても、若い男たちに自分の方が強いように見せかけなければならない。
 男尊女卑社会、年功序列社会と人は言う。
 けれど本当は、かわいそうなおじさんたちは、それでやっと平等になれるというか、それがないと生きていけないからこそ、男尊女卑社会ができたのかもしれない。
 女性は、ただそこにいるだけで価値が生まれるそうな。
 綺麗なおねえさんならなおのこと、肝っ玉おかんであっても、もうそれは一個体だけで完全な存在たりえるのだと。
 でも男は違う。男は動いてこそ、働いてこそ、獲物を捕ってきてこそ、金をかせいでこそ、意義ある存在になれると、誰かが言っていた。
 だからこそ男は、ロマンというたいそうな夢を掲げ、追い求めねばならんのだ。
 そうして、世に放たれた精子たる男たちは、他の男を熾烈な生存競争で蹴落として、まるで西宮の福男のように、1番にならねば、卵子にたどり着くことができぬのだ。
 そうやって社会的地位と、女を手に入れたとしても、仕事に18億の価値があろうとも、家庭において、
「お父さんウザ~い」
 になったら元も子もないわけだ。

 だからやっぱり、世のおじさんたちには、家庭内においても頼られる、大切な存在であってほしい。家庭外から金を稼いでくるだけでは、どうしても半人前なのだ。
 甲斐性があって、日頃からいつも家族思い。それでやっと、人間として存在を認定されるのだ。
 男とは壮大な生存競争の上に保たれる、はかない存在なのだなぁと思う。草食化ならまだしも、絶滅しないことを祈りたい。

   

 …あれ? あんまり、おとんアゲupwardrightになってないかな。(゚∀゚;)
 

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こさっぺは会社を辞めることにした⑤ 「月末結末の日」

 今日、こさっぺの会社人生は終わった。

 ちょっとの手続きと、辞令もらって、
あいさつに部内のフロアを一周して。

 終わった。 それはもうあっけなく、あっさりと。

 結局、この仕事場とは何なんだろう? それもついにわからないまま、終了した。

 そう、こさっぺは、
「この仕事場のことが理解できない…」
「この仕事場は何なんだろう?」
「これで本当にいいのだろうか??」と悩み続けたまま、退職に至ったのだ。

 この数カ月というもの、体調は悪化の一途をたどっていた。
 寝ようと思っても寝ることができず、意識がいつもピリピリとしている。
 特に午前中は、体が重く、動かすことができない。
 それでも無理して動くと、頭が割れるように痛み、体の節々に力が入らず、腹が痛くなり、熱が出ることもある。枯渇した生命力が削り取られ、体調をくずして風邪をひいたりする。
 何より凄まじい罪悪感と、自己が認められない苦しみにさいなまれる。
 何か嫌なことを言われようものなら、部屋やトイレに閉じこもって涙が止まらないという始末だ。

 これはもう無理だ。12月の中ごろから、本当はわかっていたのだけど、
「いや、ここで辞めていいのか。何とか立て直して、あと一年でも続けるんだ」と思い直したり、
「いや、もう辞めたい。無理だ。辞めよう」と思い直したりで、行ったり来たりの悩み苦しみの末、
 転職経験ありの友達の後押しもあって、
「そう思うってことは、辞めたほうがいいんだ」と思い、ついに昨年月末日に、「辞める」という結論に至った。

 どうしても、この仕事場の秩序に従うことができなかったのだ。

 なぜ、あまりにも小さなワクにあてはめた、ものの見方しかしようとしないのか?
 真実は、世界はもっと大きなもののはずなのに。
 そんな小さな価値観の中で、せせこましく権力を争い、汚れて歪んでいく。
 そんな社会から求められる、無難な女子職員。それになることが、私にはどうしてもできなかった。
 そんな会社に、「属して」いなければならないことが、私の神経を摩耗させた。
 その会社に属するということは、休日すらも、会社から与えられた、会社人であるための休日になってしまう。そして、常に仕事のことを第一に考えなければならない。
 自分の価値観より、会社の人の価値観や言葉が、自分の意思に割り込んできて、支配される。それが正しいのだ! と、頭の中で鳴り響く。自分が自分でなくなる。

 でも私は違うのだ。
 私は作家になることを第一に考える人間だ。
 上の命令をきくつもりは毛頭ないし、考えを会社の常識に合わせるつもりもないし、仕事を第一に考えて生きることはできない。
 仕事は財源と経験のためでしかなく、ずっと続けていくつもりはないのだ。
 なのにみんなの前では、あたかも仕事優先の会社人であるかのように、振る舞わなければならない。心の中までなりきって、本当は違うのにと知りながら、謝り続けなければならない。
 そんな自分が心苦しくて、ずっとずっと罪悪感が消えない。それが一番辛かった。
 自分はここにいてはいけない。本当は「違うことを考える人間」である自分がいることで、罪をおかしている。だから、自分自身に病という罰を与えることで、一人もがき苦しんでいたのかもしれない。
 私を可愛がってくれる人にも。私に嫉妬した人にも。私を憎んだ人にも。私を仲間だと思ってくれた人にも。
 本当は違うのだ! なのに、いち「会社人間」と見てくれて、ありがとう、ごめんなさいと叫びたかった。

 でも私は、この人たちのために、自分の力で何かできることはしたい。
 色々あっても最後に選ぶのは、やさしい気持ちや誠意や情でありたい。
 人にいいことをすることこそが、一番正しい道だと信じている。
 笑顔の仮面を貼りつけ、表と裏を使いわけ、お小言は聞き流して、裏で陰口を言って毒を吐きちらかす。そういう不実な適応の仕方は、自分の魂が拒絶した。
 だから、会社が一番求めている、「よい子な職員」には、どうしてもなることができない。
 どんなに罪悪だと自分を責めたてても、決してなることはできなかったのだ!

   

 なんて熱く思っていたものの、会社では、何というか、『血の通った人間の交流』が、ないまま終わった気がする。

 それは、あたしが病気という身体ストライキをおこして、反社会的行動をとり、会社のありかたを真っ向から全否定したから、みんなに嫌われただけかもしれない。

 とは言え、誰に何と言われても、どんだけ偉い人に、
「最終日まで休まず出勤すべし!」
 と言われても、
(いや、それがムリやから辞めるんですやん。カンペキに出勤して体面保てるような体やったら辞めませんがな。ていうかそういう風に言われると余計病むんでもうやめてくれ~)
 とまあ、両者の主張はさっぱり噛み合うことはなく、決別の時を迎えたのだった。
 どうせ辞めた後には何も残らないなら、会社人としてキレイに辞めるという『世間体』を取り繕うよりも、『自分の体を守る』ことを、第一に考える――やっと、自分の体をいたわることを、一番に考えられた瞬間だった。
 健康第一、病むに止まれずだ。

 まあそんなわけで、世間体を無視された会社の人たちの無反応があったとして、でも何だか、それだけじゃないような気がする。
 これは、前々から感じていたことなのだけど……

 どうも、1日の仕事をとおして、人と心の交流をすることが、ほぼなかったような気がする。

 いやいや、仕事とはそういうものなのかもしれない。
 上の命令に従い、機械的に動き、処理していく。
 その上で、大勢の行動の、規律を乱さないことをしていれば、それでいい。
 それが社会ってモンだ、ということなのかもしれない。

 でも、「それでいいのか?」って思うのだ。1日の最後に、「本当にこれでいいのか!?」って、どうしても達成感が持てない。
 だからその1日にあったことを反芻する。あれがいけなかったのか、これがいけなかったのか。そういえば嫌なことを言われた。そんな日は、その言葉がぐるぐる、頭を回る。
 何が正しいのかわからない。そんな私が駄目なのか。自信が持てない。

 そうしてまた、会社へ行く。でも、何だかそこは……

 絶対零度の仮面社会――として動いているような気がする。
 基本的にはみんないい人たちなのに、それが組織的には機能していないというか。。
 表面上だけシステム的に動いていて、中身は空虚で、裏側では陰口を言ったりズルをしたりしている…?
 私の被害妄想が強いから、そう思っているだけかもしれない。私が人を信じられない駄目なやつだからかもしれない。私がヘンだからそう思うのかもしれない。
 第一、それぞれの個人を見ると、いい人も多い。あったかい心の人もいっぱいいるのに、なぜこんな社会構造なんだろう??
 これが社会の矛盾というやつなのか。そうだとすれば、その地獄の中を生き抜く人間というのは、何て生命力に溢れた、愚かしくも哀れで愛しい存在なんだろう。

 結局、会社のことはよくわからないまま終わってしまった。
 わからないから終わったんだろう。
 あの場所はあのまま続いていくのだろうし、私は私のままで生きていく。

 思えば、やっぱり凄い経験だったなあ。。
 病んだことも含めて、面白いことは面白かったし、広報やらチアやらビデオやら、やりたいことはやりきった。
 OLにならないと、会社人の気持ちはわからないからと思って、会社に入った。
 そこで当たり前に生きる人たちの気持ちは、結局わからなかったけど、私なりに社会を感じることはできた。
 こうしていろんな社会を見て、観察眼が養われていくのだろう。
 まだまだ色んな経験をした先に、真実が見えてくるのかもしれない。
 ああ、何だか過ぎてしまうと、とてもちっぽけなことで悩んでいたのだなぁと思えてくる。

 次はどこへ行こう、何をしよう。まだまだ経験し足りないッsign01up

   

   
 今のテーマソングはコレだな!(゚∀゚)http://www.youtube.com/watch?v=71xFDBQyE40
 伊藤由奈『I'm here』http://www.youtube.com/watch?v=M0Td4Fuim_I

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こさっぺは会社を辞めることにした④ 「最期は神だのみ」

 もう、会社に存在すること自体が、罪悪であるように思えてきた。
 実はいつも思っていた。
『自分は、ここにいていい人間ではないのじゃないか』
『みんなの考えてる常識とやらが、まったくさっぱりこれっぽっちも理解できない』
『なんかあたし、やっぱり浮きまくってるし』・・・って、
 夢をかなえるまで、死ぬつもりは毛頭ないので、ご憂慮なきよう。

 昔から、そんな時は神だのみがいい! と相場は決まっている。人間とは弱い生き物なので、八方手を尽くしたあとは、天上天下八百万の神仏(キリストとか国外全部含む)に、おがむっきゃないのだ。
 で、占ってみた。
 こんな時、占いが吉報だったり、当たってたりすると、ややテンションがあがる。upwardright
 以下はこさっぺの占い結果だけど、けっこう当たってる気がする…Σ(・ω・ノ)ノ! ので、興味のある人はURLより、自分の占いもやってみてね☆

   
1.365日の誕生日占い(無料)   ■色=感想ね♪

★6月27日生まれ

6月27日生まれの人は、

   
「想像力は豊かですが、もっと注意力をつけて」 ←当たってる…!(笑)

  □長所は?□
 
●多才 ●想像力が豊か ●創造的 ●意志が強い ●有能 ●独創的 ●精神力がある  いやあ嬉しいなあ
 
  ■短所は?■

●気難しい ●短気 ●怒りっぽい ●理屈っぽい ●疑い深い ●神経質 ●緊張感が強い  まぢ当たってる!

      ☆性格と運命☆
 
●想像力が豊かで繊細、かに座生まれの人にふさわしい鋭い直感力を持っています。
●聡明で社交的なあなたは創造的な才能を発揮することが多いのですが、時に感情が不安定になる傾向があり、27日という誕生日から与えられた大きな可能性を損なってしまうことがあります。
心配しすぎたり、ストレスを感じたり、優柔不断になったりする傾向がありますので、注意が必要。
●感情が不安定なときのあなたは、他の人の目には、気難しく、口数が多く、気が散りやすいタイプのように映ります。
 そうでないときは、とても積極的でユーモアのセンスに満ちた、楽しく愉快な友人です。
●いずれの職を選んだとしても、自分の内面や感情を表現する術を学びましょう。

25歳⇒自分が求めているような自信を得ることはできません。しかしその自信が
     身につけばあなたはより強く、またより創造的になり、社会からも認められ
     るようになります。  今だな。

55歳⇒あなたはより現実的になりますが、同時に物事を分析的に見るようになり、
     好き嫌いも激しくなります。  ってもう老いてるやん!

  ☆仕事と適性☆

●どのような職業に就いても創造力を発揮します。
●人づき合いの上手なあなたは、教師、カウンセラー、セールスなどの仕事が適職。
単純な仕事は向いていません。 キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
●広告代理業や不動産業など積極的な活動ができる仕事で成功を収めます。
●創造的な才能にも恵まれており、音楽、演劇、執筆業shineなどが向いています。

  ★恋愛と人間関係★

●魅力的で気さくなあなたは、思いやりのある人柄でパートナーとしても親としても愛情豊か。
●あなたにとって大切なものは、家族であり、家庭。
●寛大な心と豊かな創造力の持ち主であるあなたは、その多才さを表現する場を必要としています。さもなければ欲求不満に陥り、気分も沈みがちになるに違いありません。  ぐはっ⊂⌒~⊃。Д。)⊃
●簡単に誰とでも友人になれると自分では思っていますが、気分に浮き沈みがあります。それが人間関係に影響を及ぼすことのないように注意が必要。

あなたを守ってくれる6月27日の天然石は?
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★マルチカラートルマリン  何色集めたらええんやろ。。

http://homepage2.nifty.com/froms/ 365日の誕生日占い(無料)

   
 ううむ…なかなか当ててきよる。あてて・・#
 ここまで良きに悪きにスパッと言われると、気持ちいいね(マゾか)
 さあ、どんどんいこう、次、

   
2.ユミリー風水(雑誌より)

七赤金星

運気が静運に入り、仕事よりもプライベートの充実を図りたい一年
成果を求めず、受け身でゆったり構えて過ごしましょう。  おおっソレダ…!

今年の運気は、いったんひと休みの時期に突入します。いつものように精力的に仕事をこなせずイライラしたり、積極的に物事に取り組んでも思うような結果にならないかもしれません。  だろうな。
そこでむきになると、さらに運気がダウンするので注意。最悪の場合は、これまでの努力が水の泡になります。  何もするなってことだな。
今年はお休みの年 だからと割り切って大きく構え、流れに身をまかせましょう。そうすることで余計なトラブルを避けることもできます。
そんな今年にぜひ着手したいのは、将来のプランニング描いた夢を実現させるための計画を綿密に立てて、来年以降に備えましょう。
また、家庭生活を充実させ、持病の治療に専念したり、歯の治療を集中的に行っても。  そういえば虫歯ありそうなんだよね。
ラッキーフードの鶏肉を食べると吉。  コケーッ!chick

http://www.daiwashobo.co.jp/yumily/ 九星別 ユミリー風水

   
ま、ま、ま、偶然なんだろうけど。
たまたま手に取った本に書いてることが、当たってるっていうのも、何かのメッセージかもしれんじゃん?
ご縁のたまものだと思うわけです。つづけてもいっちょ!

   
3.鏡リュウジの占星術(同雑誌より)

かに座(1~3月)

物事が進展しづらくなる時期
環境を変えて努力をして

木星が移動する1月23日を境に、物事が進展しづらくなっていくため、何か始めたいことや変えたいことがあるなら、それまでに手をつけておくこと。  ふむ。もう辞めるって言ったぞ。
そうすれば木星が移動した後も、スピードは落ちても確実に歩を進めておくことができるでしょう。
もともと馴染んだ人や環境から離れることに苦痛を感じやすいあなた。 お?
不満を抱えながらも同じ職場にい続けたら、同僚たちが一人、また一人と転職していき、あなたの仕事量は倍増。だけど収入は変わらない上に、辞めたくても辞められない立場に追い込まれてしまうことも。 おいおい;
ですから何よりもその前に、自分から環境を変える一手を打っておくことが必要なのです。  そこ打ったァァ!
また思い切って変えたことから、人間関係が激変し、そのなかから新しい恋人が登場heart01するということもあるでしょう。

以下、誕生日占い

こさっぺさんは、他の人より直観力がすぐれていて、スピリチュアルなことや精神世界などへの関心も高いでしょう。
想像力豊かで、人の心の動きというものにも敏感。 無駄にね。
他人の気持ちがわかってその人を救ってあげるということもできそうです。
また、無意識の中からわきあがるメッセージをカタチにするのも得意で、クリエイティブな職業shineが向いています。
ただし、現実的な話は苦手ムリなことを頼まれ必要以上にがんばってしまったり、自分のことより他人のことを優先したりするなど、自己犠牲的な面も目立ちます。 そして病む。

https://csec.dgweb.jp/excite/moon/index.html 鏡リュウジ 誕生日占い(無料)

   
 何でこんな、自分の状況に合った言葉が書かれてるんだって、ビックリするね。
 私のことあなた知ってるんですかい? リュウジさん、と言いたい。
 ほんで、極めつけはコレだ。

   
4.南椎◆ナンシィ◆さんのタロット鑑定

こさっぺさんの
鑑定結果
   
Talot_2

戦車【正位置】

今回こさっぺさんに導かれたカードは、古代の戦車チャリオットが描かれたカードです。
これは【邁進】を意味します。
何かに向かって前向きに前進する様子を象徴しています。恋愛や仕事においても素晴らしい好機に向かい進み、そして経済的な発展を意味する大きな財を得ることも示唆しています。やりたい事を迷わず実行することによって大いなる成功shineが約束されていることを表しています。

カードが導く幸せの法則
このカードの導きを読み解くと、こさっぺさんはこれまでの人生の中で何かしらの障害に阻まれて、歯がゆい思いをされてきた時もあったと思います。そしてこの【戦車の正位置】が出たと言うことは、何かを変えたいと願ったからこそと感じています。

【邁進】と導かれたということは、現在のあなたはその状況を打破するチャンスを掴みはじめていますね?  う…うん;
それは自分の中の何かが覚醒して特別な運気を引き寄せるのか、それとも奇跡の力を持った特別な人にアドバイスをもらうのか…近い将来に訪れることは間違いないでしょう。

あなたの運勢の全体を観察すると、元々あなたの運勢は何か特別な物shineを持っているように感じます。  まぢでーーheart02作家になるってことかなー、そうやんねー、そういうことにする(・∀・)

今までの人生の中で困難があったとすれば、そのに気付かずにネガティブな思想に身を委ねてしまっていたからだと思います。

しかしこの戦車のカードが示す通り、あなには大いなる成功が待っています。

そしてこの成功を掴み取る為にはあなた自身の行動がその鍵を握ることになりますので、じっと待っているだけでは状況が好転することはありません。
今現在、成し遂げたいことや解決したい悩みがあるのでしたら、率先して行動することをお勧めします。

普段の生活の中でもちょっとした【ツキ】を呼び込む行動は多々あります。例えば大きな声で挨拶をしたり、何かをしてもらった時にありがとうという感謝の気持ちを表すなどです。

恥ずかしいから出来ないと、現在社会にはとても損な風潮がありますが、その度に自身の運気を下げていると考えたらどうですか?とても無駄なことです。実生活の中で出来るだけトライしてみて下さい。

今回あなたの魂が引き寄せたカードは大変素晴らしいカードです。

過去に苦い思があるのなら、今日を機会にそれを断ち切り、明るい未来に邁進して下さい。  はい。

事実こうしている間にもこさっぺさんの運気には光が差し込んでいます。これは何か幸運が舞い込む兆候です。  ああポジティブシンキング。

もしかしたらと思ったら色々と確認してみて下さいね?
心の中に隠してある事や心の中で少し冷たくなってしまった感情を認め許すことで素晴らしい人生になることでしょう。

http://jam.mu/?1013  運命の五芒星タロット占い(一回だけ無料。あやしい勧誘には乗らないように!)

   
 これは、ズガァーーーン! ときた。Σ(゚□゚(゚□゚*)
 もう、わかった。信じるよ。あたしを包んでる“運”ってやつを。“ご縁”ってやつを。この宇宙を動かしてる、得体のしれない“力”、神だとか自然の力とか無意識の領域とかって呼ばれてるやつをさ。
 おまかせします。たぶんそれは、あたしに一番いい方法を運んでくるだろうから。なんだかんだで、これでよかった、あたしは運がいいって思えるもの。
 だから、やれるだけの行動を起こして、困った時は神まかせ。吹く風に、大河の流れに身をまかせて、海くらげのように、浮き輪に乗ってぷかぷか、まったりいきますわ。

 嗚呼、諸行無常、煩悩を消す最期の鐘が聞こえる・・・。

    

   

 最近のテーマソングは
YUIの「again」http://www.youtube.com/watch?v=kBx8_1m9rn8&feature=related
         http://www.youtube.com/watch?v=eeBC6mHPEHw
スキマスイッチの「ゴールデンタイムラバー」http://www.youtube.com/watch?v=iYzcki7Lb4g
(野球とかフェンシングめっちゃ出てくるバージョン⇒)http://www.youtube.com/watch?v=0iAF8TJAqp4
ね。(どっちも鋼錬アニメソングですが何か。ケーブルテレビで見てるんだよ)

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こさっぺは会社を辞めることにした③ 「不死鳥、鳥かごを焼きはらう」

 こさっぺは会社を辞めることにして――から、今までバラバラだった自分というものが、吸い寄せあうように再結集していく気がする、今日このごろ、である。

 なんだか視野が広がって、世の中が世知辛いというのはデフォルトなのだなぁ、ということがしみじみわかってきた。

 中学生のころ、はじめて本格的に『RPGツクール』でゲームを作ろうとした時、
 世界観の設定で、天界と、人間界と、地獄界… という3層構造の世界にしようとして、いや違う、とひらめいた。
 神界、天界、地獄界、魔界… という4層構造にして、人間が今生きているのは、実は地獄界だということにしよう。よーし、我ながらなかなか新しい発想だぞ! と思ったものだったが、
 実は、仏教の思想の中に、すでに「人間の生きる世界は地獄界」的な考えがあると、後になって知った。
 そう、みんな辛くて当然の世の中なのだ。だから明るい話とか、人の優しさなんかは貴いのである。
 そんな世の中を、魂の命ずるままに生き抜き、己を磨き精進することが、人の生きる道なのだろうfujiベンベン♪

 なんて、ちょっと冷静になって、達観してきた。
 人は俗世の渦中にいると悟りを得られんもんだが、一歩も二歩も、たまには山頂の寺社仏閣にまでも離れて、客観的に物事を見渡してみると、いっちょまえにこの世の道理がわかってくるものかもしれない。

 やはり私は間違っていた。
 何が間違っていたかって、人生の優先順位が間違っていたのである。
 人生の若く輝ける時分を、間違った価値観で浪費していたのだ。これはいけない。軌道修正あるのみだ。
 私はこれまで、人生の優先順位を、
 ①仕事(社会的・経済的)
 ②生活(衣食住・人間関係)
 ③創作(作家活動・修行)
とする生活を送っていた。
 それがそもそもの間違いだった。私の魂は、その道なんて全く指し示していなかったのである。
 私は即座に生き方を修正することに決めた。
 ①創作(作家活動・修練・投稿)
 ②生活(衣食住・人間関係)
 ③仕事(経済的)
 これが私の真実だ。こうでなければ私はおかしくなる。
 目標には最短距離で向かう。
「社会的な仕事もちゃんとやってー、生活も1人できちんとやってー、ついでに男女の色恋もいっぱい経験してー、創作も1番パワー入れてガンガンやる!」なんつー無茶な完璧主義はやめだ。
 君子豹変す、だ。
 大体、社会的地位なんてクソ喰らえ、それが何になるの? と思って生きてきたのだから、ムリに社会にあわせるという、無駄すぎる苦労はまず捨てていいものだろう。
 ああ、中学→高校→大学→就職 というエスカレーターを今こそぶち壊したい! なんて痛快なのかしらshine かごを飛び出して、自由に羽ばたこう。
 かごの中に残った人は、色々言うだろう。だけどそれは、かごの中で生きていく人には必要なことだから、それでいいのだ。

 こんな自分を堂々と表現できる場所に行こう。
 自分の力こそをブランドにして、社会にわたりあっていこうとするからには、いらぬ枷は捨て去る覚悟を持つのもいい。
 失敗してもいい。リスクのない決断はありえない。時間は進みつづけている。
 無駄を切りすててこそ、本当に必要なものにたどりつけるのだ。
 これは私の人生だ。めざす光へ、道はまっすぐ一直線。
 己の才覚を信じて、花開かせることに一生懸命になろう。
 どんなことをしても生き抜くという自信は、やたらある。自分の才能は作家になれるレベルだといううぬぼれだって、大分ある。あとは努力あるのみだ。
 わき目もふらず努力できる環境へ、移行しよう。
 私の人生が、生き生きと動き出す。血がどくどくと体をめぐって、きっと水を得た魚のように健康体になるだろう。私は私に戻ろう。

 だからさよなら、私の生きたひとつの、愛しい社会経験。good

 

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こさっぺは会社を辞めることにした② 「辞社の句」

 なぜか連載。

 っていうかもう、行きたい行きたくないの問題じゃない。
 体がぶっこわれた⊂⌒~⊃。Д。)⊃
 今日だって先輩にランチ誘ってもらって、会社行く気マンマンだったのに、体がもうあかんかった。(´;ω;`)シクシク

 ここで一句。

 パワハラセクハラ当然と

          耐えねば耐えね 長らへば

                    清き心の弱りもぞする

                                 こさっぺ辞社の句 チーンbell

 なんて、これは私のことじゃなくって、辞める友達から聞いた話が元なんですけどね。
 やだなあ、半分冗談ですよ~tulip

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こさっぺは会社を辞めることにした① 「告白」

 『ベロニカは死ぬことにした』という小説がありますね。
 題名パクリですが、何か。

 ここで、なぜこさっぺは会社生活における死――辞めることを選んだのか、考えてみることにする。
 なんでまたこんなことを書くのかというと、今が私の社会人生において、最も病んでいる時期だからである。今後こんな状況になることは、そうないだろうから、今のうちにこの史上最上級に病んだ気持ちを記録しておきたいのだ。
 というか、もう書かんと精神がマジで崩壊5秒前、というのが正直なところ。(書くことで落ち着くタイプなのだ)

 そう、ここではあえて書かずにいたが、こさっぺはここ数年、相当心と体を病んでいて、先月末にはその限界を越え、ポキリと何かが折れた。
 年末年始のその時に、私の峠は越え、そして下りた。

 今の状態を簡単にご説明すると、
 体には、膨れあがりすぎた小泣きじじいがいつものしかかっているかのように、全身重く、
 顔は、常に泣きはらした後のように熱い。
 呼吸は浅く、意識は茫漠として、自分の存在価値すらも消え入りそうな中、なにも行動を許されない気がして、動くことすらできない。
 時折おそってくる頭痛や腹痛、気持ちの悪さや強迫観念をやりすごしながら、
 糸の切れた人形のように、重たい体を動かせず、地面に転がっているのだ。(でも寒いからこたつに入っているあたり、生存本能は働いている。そして今は上体をおこして、パソコンを打っている)
 およそ人間と呼べる状態ではない。

 そう、なぜ私は会社生活における死――辞めることを選んだのか、それは会社生活において、もうお前私は死んでいるからだ。
 死んでいるところから、さらに死ぬことで、黄泉がえりを狙っているのだ。

 どうだ、かなり病んでいるだろうhahaha(と空いばり)。

 仕事をするため会社に行く。
 すると、朝まず、体が起き上がらない。それがもう、ベッドとの間で超強力磁石でも働いているかのように、体がまったく動かないのだ。
 人間の意識の9割は、無意識の領域に属しているという。だから、頭でいくら
「行かなきゃ行かなきゃ行かなきゃ、社会で生きていけんぞ。ヤバいぞ。そんなのはダメ人間なんだぞ。なぜダメなのかって、会社の偉い人がそう言っているのだぞー!」
 と思っていても、それの9倍に相当する、無意識の私とその体が、
『完全否定シマス。動キマセン』
 と、圧倒的な力で私の知覚意識を支配するのだ。そこで、
「そうだ、きっとあたしはこんな奴なんだ(認める)。私ゃ反社会的勢力な人間なんだ。許されざる存在なんだ。ここにいてはいけないんだ。ああ、みんなが私を怒ってる声が聞こえる(被害妄想)。ああどうしよう、明日行くのか…怖いなァ」
 と、永久回帰の自分痛めつけが始まる。そしてこのまま心身悪化の一途をたどるのである。

 さて、そんな朝の格闘の末、ムリヤリ体を引っぺがして、会社へ行く。
 死人顔のままでいていいハズはない。だから、できるだけの力で練り上げた、従順で意思のない仮面を、顔に貼りつける。声だけで、何事もないかのように演技する。(自分でも驚くほど、内面とは裏腹の声が出る。もう人生ナレーションである)バレてるかもしれんが、そんなの気にしない。
 そこで……また異変がはじまる。
 自分が自分であることを奪われ、会社に支配されているような感覚。これぞ悪霊というべきか。
 私はただの動く肉塊と化し、会社のために働く社会の歯車と化す。

 ――いや、それは一般的な「働く」ということなのかもしれない。一般的に、人々はそれを当然と受け入れ、社会の歯車も、人の営みも、安全に回っているのかもしれない。
 会社で働くとは、そういうことなのか。仕事も、地位も、休みすらも、よい子に働く歯車「会社人間」であることによって、会社から「与えられる」ものであり、考える間もなく回れ回れよと、意思なき歯車として回されつづける。その合間には、女子は寿退社だ、子を産んで育て、また働けという観念が与えられ、そうして老いさらばえていく。社会の渦に呑まれながら、ただカラカラ回りつづけて一生を終えてゆく。それが人の一生なのだろうか。

 そんな考えに頭を支配され、気づけばいつも、頭が割れるように痛いのだ。
 なにも、考えられなくなる。自分が、死んでいるような気がする。生きている意味がわからない。
 ただ、正しいのだと言われる命令にしたがう。それを当然と動く社会。そんな社会。それが社会。
 おかしくなる。おかしいのは私? これはおかしい。これは私じゃない。

 そんな時(でなくても)、たまに上から理不尽なことを言われたりすると、もう人格崩壊をおこす。

 トイレにおこもり。
 聞けば、女子にはよくあることらしい。
 涙腺が決壊したように、涙がぼたぼた落ちて、止まらなくなる。
 ヤバい時はそのまま動けなくなるか、泣き過ぎて顔が腫れあがることもある。
 そして思うのだ、もう生きていられない。
 会社では。

 とまあこれが全てではないが(これ以上はヤバいので自粛)、そんなわけで、こさっぺは会社より昇天することにした。

 ただ、会社の人々が嫌いなわけではない。
 社会と言うのは矛盾に満ちていて、上からの命令は絶対、汚いこともまかり通り、卑しくも仮面をかぶり、上にいい顔をし、陰で毒を吐き散らかさねば生きていけない場所だ、というのはわかった。
 でも私は、そこで懸命に生きようとする、鎧で武装した、根はやさしい人たちが、本当に好きなのだ。
 私にはその生き方はできないのはわかったけれど、その生き方で強く生き抜く人たちを、尊敬せずにはいられない。
 そんな愛すべき人たちの気持ちを知りたいがために、それを描きたいがために、会社に入ったのだから。

 そう、私の生きる目的は、会社で生き抜こうとする人々の目的とは、あまりにも違う。
 私は安定した人生より、ドラマのある人生がほしい。常識的に生きるより、命をかけて反逆したい。
 表現するためなら、どんなことでもする。明らかに向いていない会社に入ったり、心揺さぶられる恋愛をしたり、長い修練を要する絵や小説の修行だって、やると決めたらなんだってやってやる。
 私は小さいころから、もの書きになりたくて、それだけを考えて生きてきた。
 一般的な人がたどる、中学→高校→大学→就職のラインだって、体験してみないと一般的な多くの人の気持ちがわからないから、やったのだ。
 そうして、美しくない、いわゆる「厳しい」現実を知ったけど、それに適応などしたくなかった。
 真に大人になるとは、汚くなることではなくて、心が磨かれてより清らかになっていくことだと信じたい。
 私は美しいもの、真理、きれいなものが好きだから、それを追い求めたい。
 厳しい社会の中で、人の心が怯えと汚れにまみれているなら、私は、真実の美を見せて、人の心を洗いたい。涙がでるほど感動したり、興奮したりする、素晴らしい作品を描いて、現実で懸命に生きる人々の心を浄化したい。それができる才能が、自分にあると信じたい。
 ある作家が、「もの書きになることは、聖職者になるのと同じ気構えがいる」と言っていたっけ。
 私はもの書きになりたい。その覚悟はある。それだけを考えて生きてきたのだ。
 今が動く時だと、私の9割を占める潜在意識が告げている。生ける屍になっている場合ではない。女なら、戦で負けようとも不死鳥のように、どこでだってしぶとく生まれ変われるはずだ。

   
 今日、録り溜めてあったフィギュアスケートをテレビで見た。
 登場したエフゲニー・プルシェンコ(露)の演技に、一気に惹きこまれた。
 きっと、幼いころからずっと、これを目指してやってきたのだろうなあと、その滑りの背景が見えた気がした。 
 一流の芸術を見ると、目が覚める。そして自分の好きなものの中には、自分の答えが隠れているものだ。
 生命力が、一気に正しい方向に流れ出した。
 目指すものが、見えた。

 早く私もあちら側の人間にならなければ。
 ぶっ飛んだ表現をする、フィギュアスケートのプルシェンコや、レディー・ガガや、それとか紫式部とかGacktみたいな。

 とりあえずさしあたって、会社を辞めた人がよくするのが、何かの資格取りらしい。
 なので私は、手っ取り早く、まずイラストレーターになろうかな、と思っている。
 よし、この1年は、イラストをプロのマンガ家並みに書けるようになること、だ!
 最終的な目標は、自分の書いた小説に、自分のイラストをつけること、なので。

 ちなみに今年のおみくじ曰く、
“雑念が多すぎる勉学しなさい”小吉
                           ……ハイ。

   

 っていろいろ書いたけど、実は全然違うことが辞める原因だったりして☆

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