心と体

久々に。

 心身ともになかなかいい感じで回復してきました。

 もうすぐ3月も終わる(ちょっと早い?)ので、きりのいいところでブログもお引越ししたいと思います。

 

 心配したり、手を貸してくれた方、本当にありがとう。

 

 欲どおしく利用したり、貶めようとしてきた奴は、断固許さん。

 あたしは絶対何も悪くないぞ。

 今度湧いて出よったらブッ×××!

 

 うーん、最近文章の方は書いてなかったから、筆のキレが悪い気がする… 絵ばっか描きすぎたか。。

 あ、文の表現がマンガっぽくなったかも!

 でもしばらくは絵のスキルアップをしたいので、文の方は新ブログでちょこちょこ書いていこうかと。 

 

 まあムカつくこともありましたが、

 もうすぐ新世界行くからいいや。shine

 どういうとこがいいか、いろいろ試していってます。ま、失敗は成功のもとということで。

 なんかいい予感がしてます。次は何が起こるだろう。。(*゚∀゚ )ワクワク

 とにかく、夢に向かってがんばってたら、人生は面白い!

 

 

 

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応援したい気持ちと本能

   
 オリンピックを応援するのが楽しくて仕方ない。
 がんばってる人を応援するのは、気持ちがとってもいい。

 人を応援したい気持ちはもう本能!
 人にやさしくしたいし、周りの人もみんなやさしかったよ。
 会社ではあたしの常識が規格外すぎて、居ること自体が迷惑だったろうけど。

 本能はそれだけじゃない。
 私は全ての人に鮮烈な印象を残したいの! 良くても悪くても。
 魂から惹きつけたいんだ!
 できるなら人に愛を届けたい。
 よって作家になりたい。またはチアガールしたり、一人カラオケすることにも繋がるのだっ!

 そう、会社ではチアガールになって野球部の子とかを応援してきた。
 ほかの社員の人とかには、(チアなんて面倒なことしやがって)と思われてたかもしれないけど、私は応援するのが無駄だったとは思わない。
 だって彼らもがんばってるから。
 あたしだって夢めざしてがんばるアスリート(?)みたいな暮らししてる。
 周囲からは理解されなくても、自分の目指す高みへ挑戦し続ける人を、どうして応援せずにいられるだろう。

 でも現実でわかったけど…
 純粋な好意をストレートにぶつけるだけでは、世の中生きていけない。
 なぜなら人の本能には、欲や利害や雑念があるからだ!
 それでいろいろ挫折して、人の世は闇だらけ ずーん、って病んでたんだけど…

 それは人に合わせようとしすぎる、自己犠牲がよくないんだってやっと気づいた。
 まず自分を大事にせねばっ。いくら世間の人と常識が違ってるからって、人の言うこと全部受け入れてたらアホだよね。
 自分の芯を強く、その上で人にやさしくしないとウソだよね。そしたら人に対して、壁を作らなくてもいいようになるだろうし。
 現実でもっと人と接せられるようになる…

 でもね、作品の中では、どんな時でもストレートに愛情をぶつけられるんだよ。
 あと接客してる時とか。だから好きなんだなー、
 やっぱり、やめられない。本能。
 ここまで思えるようになったのも、ここんとこずっと漫画描いてるからだと思うし。
 描くのは=セラピー。

 芸術は爆発だ、って言うけど、
 感情が爆発した時に、それらしく体裁を整えたら作品に見せることができる、ってゆーのがいいね。

 そんなわけで、毎夜オリンピック見つつ描いてることで、少しずつ回復してきました。

   
      

 描いてる漫画ってこんなんだけど…

 

     Photo_2

 怖っ(笑)

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悪霊退散ッ!

久しぶりに霊の夢を見た。体調悪くて寝込んでたら現れた。半現実。

ほんまに不逞やつらや!
人が寝込んでる時に。
しかも今回は家族に化けて現れた。
こさっぺは怒っている。

なぜわかるかというと、奴らには気配がある。そこに‘いる’とわかる。見えないけど。人っぽい気配。触れば形もある。

ほんで今日はお父んと妹に化けて近づいてきおった。
そこがむかつく!
どうせそのへんのザコ霊が化けて出よったんやろう。
声としゃべり方は人の記憶引き出してるんか知らんけど、姿ぼかしてるし、化け方が完璧じゃないんだよ!

妹のようにやって来て、足元に座ったので、後ろから触ってやった。
肩。腕。首筋からあご。
肌はちゃんとしてる。が…
「妹の肩幅はもっと広いんだよッ!」
と言って肩を揺すぶってやると。
消えた。居たところ触っても空をきって何もない。
ふふん。わが妹のデカさは研究できんかったようやな。170cmあるねんぞ。

しかしほんまイラつくわー。
人が寝込んでる時にっ!
言っとくけどな、こっち人間には魂だけじゃなくて体もあるねんぞ! なめんなよ。今度出たらブッ殺すぞ! もう死んでるか。
オンコロコロマトウギソワカッ!(何の呪文か忘れたけど)

アホらし。寝てる場合やないな。
ごはんでも食べよ。

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宗教と集団心理

 宗教に引っかかった。

 ある人が、「尊敬する人がいるから紹介するよ」というので、何の気なく会いにいった。
 おしゃれな店の奧の席にすわっていたのは、こざっぱりした顔立ちの青年実業家だった。
 そして、話を聞いていると、ある本をすすめられた。

『金持ち父さん 貧乏父さん』

 すべての夢をかなえる基本、のように教えられたこの本は、たしかにおもしろい本だった。
 が、後になって友達から聞くと、これは今流行りのネズミ講団体、“アムウェイ”や“ニュースキン”の教科書になっている本らしい。
 内容自体はいい本かもしれないが、求心力が高い分、“経典”としてさまざまな組織に利用されているのだろう。一部、ネットワーク・ビジネス(つまりネズミ講)を奨励する文章が書かれている部分には、首をかしげた。

 そして、彼に会った次の週には、“オシャレな食事会”に連れていかれた。
 そこにいる人たちは善良で、いかにも仕事のできそうな、パリッとした20~30代の若者たちで、明るく気軽に話しかけてくれた。それはもう、しみったれた会社のメンツや、暗い顔して後ろ向きな若者より、よほどイキイキしていた。
 そこへ、あの青年実業家が現れた。
 するとあっという間に、彼のまわりには、我も我もと人が押し寄せ、話を聞こうと必死な人だかりができた。20人ぐらいだろうか。じっと固まって、青年実業家、”オーナー”さまの言葉に耳をそばだてている。
 ここで、何か、おかしいぞ。と思った。
 食事会に誘ってくれた信奉者さんは、「これだけ人が集まってくるオーナーさんってすごいよねー」と感激気味に言っているので話にならない。
 “オーナー”さんは億万長者、すなわち金持ちすぎて何も仕事をしなくていい自由人らしいのだが、そうなる方法を、信奉者たちに教えてくれているらしい。そういう、素晴らしい人なのだそうだ。

 そして、食事会にいた信奉者さんたちが主催する、ラットレース脱出(つまり脱サラ)のためのキャッシュフローゲーム大会というのに連れて行かれた。
 株や不動産など、金融ころがしを主にした人生ゲームのようなもので、なんと1セット2万円もするらしい。しかしオーナーの直弟子さんたちは普通に持っていて、それが5ボードも集まって、大人数のゲーム大会となっていた。
 やってみると、最初は意味不明だが、慣れればカンタンなもので、現実無視のゲームルールだと次から次へ脱サラして億万長者になれる。
 そうしてみんな「夢をかなえたー」と言って喜んでいるが、ちょっと待て、ここにいる全員、現実には脱サラできてないでしょ。
 だいたいこのゲーム、不動産の減価償却は? フランチャイズ店の管理は? 株価の値下がりは? 離婚時の慰謝料は? そもそも食費は? 生活費は? 全部無視ですか。そしたらそりゃ土地や債券ころがしてお金持ちにもなれるわな。
 なのにゲームが終わったあと、直弟子さん主導の反省会のようなものがあって、「今日もよく勉強になりましたね」でお開きになる。
 いやいやいや。実際の金融市場や、経済や法律について勉強する方が先では? それこそ本物の商売人に奉公に出た方がいいのでは? それともそこをオーナーさんは教えてくれているのか?

 いったいオーナーさんは、具体的には何を教えてくれるのかと、信奉者さんたちに聞いてみた。すると、
「あり方」
 とか、
「オーナーさんと一緒にいると、自分との人間的な違いがわかる」
 といった、曖昧模糊な答え方で、どうも的を得ない。
 そしてただ無心に、“オーナー”さんの言うことは絶対正しいと、集団で信じ込んで、あがめたてまつっている。

 これは、宗教だ。

 いや、彼のことを信じている本人たちは、宗教だとはたぶん、露とも思っていない。彼らとしてはまったく“善意不過失”(法律用語。法的に罪を問われない、の意。彼らは知らんだろうが)なのである。
 それに悪徳宗教のように、突然金を出させたり、歪みまくった思想を無理やり肯定させようとはしない。
 だがどんなに優良な人格者であり、“教え”であり、純粋に信じる人々であっても、
 真言密教・弘法大師空海と信仰者しかり、
 儒教・孔子と高弟しかり、
 それは宗教なのだ。
 宗教の教え自体が悪いこととは思わない。『般若心経』や『論語』は、それ自体は“いい本”だ。その教えは人を救い、幸せにするものでもある。
 実際信奉者さんは、“彼”に出会ってから、生き方考え方が見違えるように変わって、明るく行動的になれた自分を、誇りに思っている。それはとても良かったなあと思う。
 でもその教義を絶対のものとして、他人に押しつけるのはいかがなものか。

 あたしはこの、上から言われることを無思考状態で信じこむ集団というものが、会社であれ教室であれ宗教であれ、大キライだ。
 彼らは、「自分だけでやろうとしてもできないんだから、先にできた人の言うことを、全て素直に受け入れることが大事」だと、もっともらしく言う。
 あたしもエラい人の意見は積極的に聞くし、取り入れたいとも思う。しかし――
 その中に自分の意思や、意見の取捨選択はないのか。
 上の言うことを全部きく、全傾倒しか許さないぞという空気。反対意見はなく、全員一致で“同じ”ことを考えている気味の悪さ。自分で考えるということが、できなくなっている。他人に操られるコマになっていることに、気づきもしない。
 戦前戦後の、いやそれより前からある、国民洗脳のようにキケンではないか。
 この人の言うことさえ聞いておけば極楽へ行ける――そんなわけない。
 弱いもの同士が手を取りあって、幻の安寧を夢見る。何という負の集団か。そんな吹き溜まりの空気に、触れるのもいやだ。言うたらあたしがウツになった原因自体がコレかもしらん。
 そんな集団の一員になる前に、こういう人を集めることによって、その集団の長、指導者が何を得ているか見てみよう。
 それはあがめたてまつられる事による王様気分だったり、もしかしたらもしかしなくても、金という利益を搾り取っていたりする。
 そんな人の下につく集団の、1人になっていいのか。
 否。
 言っとくが“エライ人”はお前だけじゃない。世の中は自分以外の全てが先生だ。信者にとってあんたは神なのかもしれんが、あたしは別にあんたのような人間になりたくありません。

 だからあたしは宗教や集団心理は好かん。
 誰に何と言われようと、あたしは独立独歩型の人間であるらしい。
 ただ紹介者さんの、ただ盲信して集会に行っている以外の部分、積極的な声かけや、ポジティブな言葉、行動、たゆまぬ自分磨きをする人間性には、見習うべきものがあった。そんな、いい部分だけは、取り入れていきたい。集会には二度と行かないけれど。
 いろんな人に会って、見て、学んでいこう。
 で、よくないモノは迷わず断・捨・離! (by古代インドの教え・ヨガ)

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相続 ~金と利害が人を汚すとき

 相続争いが勃発した。

 49日が過ぎ、おじいちゃんの遺言をひらいたのだ。

 「汚い」お金というのは、こういう風にして出来るんだな、と思った。
 金や自分の利害がからむと、人はおそろしいほど汚く、「自分さえ良ければ良い」となる。
 今日こさっぺは、この小さな相続争いにも、社会の縮図を見た。

 世のご老人というのは、驚くほど金を持っている。
 まったく今の若者に年金をわけてほしいと思うくらいだ。
 そんな埋蔵遺産金が出てきたものだから、息子や娘は大喜びした。それも、おじいちゃんやおばあちゃんの面倒は、全く少しも見ていない兄妹たちが、である。
 うちは次男にもかかわらず、おじいちゃんとおばあちゃんの面倒をみているので、喜ぶというよりは、おばあちゃんのためにどう活用するかにまず頭をつかう。
 そして無責任な兄妹たちは、「面倒を見る」という義務は果たさないのに、「金をもらう」という権利ばかりは過大に主張してくる。
そ、れ、が、相続争い、というものだ。

 そんなわけで、おもに面倒を引き受けさせられることになるのが、うちのママである。
 今日ママは、パパの妹さんの言葉に、怒り心頭していた。
 パパの妹さんは、おじいちゃんが死ぬまではあたしも全く見たことのなかった人で、ここではサッチーさんと言っておく。(パパのお兄さんもいるのだが、それはさらにタチが悪いのでここでは割愛)
 サッチーさんは、おばあちゃんにあげたはずの米をママが横取りし、その上法事で出した御仏前金までママがネコババした、とパパに言ってきた。
 いや、お米はおばあちゃんに分けてもらったものだし、法事のお金は、このあと仏壇を買うために保管しているのだ。なんせおばあちゃんの身の回りの面倒を見ているのだから。
 それを、サッチーさんに「自分の金を盗んだ」とばかりに悪者呼ばわりされたものだから、パパにその話を聞いてから、ママは怒りに打ち震えていた。
 隣で見ていても、ママは黙って固まっているだけなのだけど、怒りが黒いうずとなって、体内に渦巻いているのが見えるようだった。
(な・なんでそんなこと言われなあかんの・・・)プルプル
(自分らしっかりせんと、全部こっちに面倒押し付けようとしてるくせに・・・)
(金のことばっかうるさく言うてきて、おばあちゃんにもいらんこと吹き込んで・・・)
(×△@■☆▼*◇!!)
 と、いう声が聞こえてくるようだった。
 あたしも同じ気持ちになって、2人でずーん、と怒りに沈んでいた。

 が。
 おや? この気持ち、なんか覚えがあるぞ。
 思い出す。そうだ、会社であまりにも理不尽なことを言われ続けた時の、あたしが病んだ原因の気持ちと一緒なんのだ。
 思えばママも真面目で、物事が見えすぎて、かつ全部イヤなことも自分で抱え込んでしまうところがある。
 こさっぺはなにかとお母さん似で、だからこそママを私が救わねばっ、と思って心配していたのだけれど、なんだ、この悩み方は、あたしと同じじゃん、と気づいた。
 そして客観的に言った。
「どうせ向こうは、何も考えてないよ。みんな自分の都合しか考えてないんだからさ。そんなんで、しょーもないこと言われたのをいちいち気にしてたって、時間の無駄だよ。適当に言われたことを、真面目に考えて悩む方がバカみたいじゃん」
 まさにそのとおり。
 自分で言いながら、自分が今まで悩んできたことも、いかにアホらしかったか実感できた。なんかもう、会社の呪いというか、憑き物が落ちたような気持ちになった。
 第三者の目で客観的に見てみると、自分の状況も今のママと同じで、なんっっっってしょーーーもない薄っぺらなことで悩んでたのかしら! と再認識した。
 あたしの上司だった人たちが、物事を良く考えて発言していたかといえば100%違う、というのは周知の事実だった。
 責任逃れてヘラヘラ~と生きる、そんな人たちの言動に振り回されて、悩む必要はないのだわ!
 どうせみんな何も考えてなくて、自分のことしか考えてなくて、その場で適当に言葉発して生きてるだけだもんな。
 ママを救うつもりが、自分が救われたような気持ちになった。

「そうだよね」
「ね」
 と言いあって、その後は2人で納得して、ガハガハ笑ってテレビでも見た。

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開 放 感 っ!

 今私に必要なものは、開 放 感 っ! なのだわ~。

 やっとブログ書くほどの元気が戻ってきた。
 寝込んでる間何してるかというと、名作映画さん見たり、コバルド受賞作の本読んだりしてた。
 でも回復しない。
 何かこう、押さえつけられてる感じ。
 気持ち悪い毒が、胸のあたりに溜まって、呪いのように渦巻いている感覚。
 長い風邪のように体は熱をもって、きつく苦しく私をさいなむ。
 自己表現できずに、第五チャクラの喉まわりに、鬱々としたものが溜まって、社会との齟齬を感じて自己嫌悪に陥る。
 医者はこれを『プチうつ』という。
 なんのことはない、鬱が治っていく過程なんだってさ。

 私は一般常識など持つ気すらなく、だから社会的なことに自信がないため、まわりの意見をそのまま受け入れなければと思ってしまいがちなのが、その原因だ。
 もともと違う存在を、受け入れようとして、拒絶反応を起こす。
「そんなの全然気にせんでいいって~」
 なんて、強い子によく言われる。
 うーん、そうね、他人のことばっか考えずに、自分のためにみんな生きてるもんねぇ。
 この、他人の気持ちがわかりたいと思いつつ、共感しすぎて意識のっとられるほどの『気にしー癖』がイカンのだわ…!
 そうだっ、自分のために生きようと決めたではないかっ。
 他人は他人、私は私。社会の常識なんてどうでもいいと思ってる、それが私だもんね。
 生き方を強要する組織は無視、他人の言うことは参考程度にとどめる。でないと『私』が死にかけて悲鳴をあげてしまう。
 それで健康や生活、すなわち生命にかかわる危機に何度もぶち当たったのだ。うぬぬ、これは大事な教訓だぞ。。

 と、ゆー原因が判明した時点で、問題は半分解決している。(って誰の言葉だっけ?)
 今私に必要なのは開放感っ!
 人生は自由で、豊かで、それぞれの生き方がある。自分の人生は自分のために生きねばだわっsign01
 うん。もう少し大阪でがんばる元気でてきた。

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ひつじさんの枕とフトンで沈黙生活

ま〜じ〜で〜しんどい〜〜。

また風邪ひきまちた。頭痛はもう治ったけど。

無理して飲み会とか参加した後は、だいたい体こわすか、最悪なことが起きる(つまり、いいことあったことがない)

酒も、タバコも、夜更かしも、ついでに宴会場の空気も苦手だからな。。
いやそれだけでない何か……悪霊に憑かれた気さえする。

また、体が悲鳴をあげている。
会社の時も、これを無視して、他人の意見を優先しすぎて、体をこわすまで頑張った。
嫌すぎて泣けてくるくらい自分に向かない、生理的に受け付けないことは、ほんまにやめた方がいいね。反省。
もっと体を大切にせねばっ(>_<)
自分に合うやり方がいちばんっ!

やっと起き上がれるようになったので、HDに録っといた映画『羊たちの沈黙』みてる。
なかなかおもろい。
変態の描き方がステキ。

体しんどい時は、できることが限られてくる。

段階最悪(0)で寝込み。
(1)やっと起き上がれるぐらいだと、テレビ見るか、こうしてケータイで毒出しブログを書く(笑)
(2)も少し力出ると、本よめる。あとはテレビゲーム内で冒険して精神活性化。
(3)も少し元気になると、落書きができる。軽いデッサン練習とか。のろのろ家事。
(4)もっと元気になると、なんと外出ができる!
でも近所まで。健康のためにウォーキング。
家にいる時は、作品が描けるようになる!
(5)ほんで、無理しすぎてふりだし(寝込み)に戻る、というくり返し……。

無理するのをやめたらいいんよね。
いちおうまだウトゥな療養生活中なのを自覚します。
自分にできるように、やっていこう〜(^,^)

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形式と魂

 こさっぺは小説を書いていた。
 けっこう昔のネタで、サッサと終わらせようと思い、小手先で書いていたのだけど……。

 何か違う。

 と思って、書ききれずに、昔のメモをあさっていると、まあすんごいお宝メモが出てきた。

 それは、もう主人公のキャラになりきっていて、熱い心情を吐露している、しかもあらゆる場面が鮮やかに頭に浮かんでいて、その中を生きた感覚すらある(大げさ)、
 そんな言葉の羅列だった。

 このメモを書いた時は、明らかにキャラが私の中で生きている状態だったのだわっ、と痛感した。
 で、今小手先の形式だけで書ききろうとしていることの、何ておバカなことか、と思い知った。_| ̄|○

 物語を書くときは、小手先の形式・技術とともに、あふれるパッション・魂が不可欠なのね。
 魂がないと、何も書けない。
 やっぱり、物語を書くときは、招魂の儀式shineが必要だと思うの。
 つまり、自分がよりましになって、キャラの魂を呼び寄せて、自分を通して言葉や行動で表現させる。
 と同時に、神とつながる視点をもって、キャラたちや世界をあやつっていく。
 この感覚がある時は、(全てこれでいい!)と確信できるし、上からエネルギーがどんどん流れてきて、疲れるどころか活性化してくる。
 これが神降りてキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!現象なんだと思う。
 その時受けた真実に、間違いはない。(表現する時の技術は、間違うかもしれないけどw)
「ただ書け」とはよく言うけど、つまり、
「お前の魂見せてみんかいゴルァ( ゚д゚メ)」って言ったほうがいいかもheart02
 魂さえ見れれば、その人の深さや思想がわかるしね(恐)

 物語の神様は、信じたモン勝ちね。
(ええもう、好きなようにやっちゃってください)と思うと、
(マジで?by神)とばかりに、暴れまわってくれる。

 小手先で、技術的にいくら上手に書けても、
「魂が入っとらん! こんなもん、いくら書いても意味ない」と、宮崎駿監督が息子に言ってたように、
 な~~んにも、描けていないんだなぁと思う。

 まあ、その魂を表現できるだけの、技術も必要なんですケドね。
 むはーヽ(`Д´)ノてにをはコノヤロ!!

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がんばれ、男

 こさっぺは最近ルンルン幸せに生活している。

 何かごっつええことがあったわけではなくて、ただいろいろあったわだかまりもフッ飛んで、一段明るいステージに移行した感じ。
 その最後の“わだかまり”が、先週、高山の寺でひいた風邪だった。

 仕事中、こさっぺは悩んでいた。
 熱やダルさが高まり、机で突っ伏しながら、
 なんで風邪ばっかひくんだろう。長引いて治らないし。。元気になろうと思ったけど、ダメなのかなぁ。あたしは不幸な星の下に生まれたんだウワアァン
 と。

 で、帰りし、家から最寄りの、かかりつけの病院に行った。
「また来たの!」
 と、開業医の先生は言った。最近月一で来てるじゃん、と。
 なんでこんなに風邪ひくんですかねぇと訊くと、まあ疲れてるんでしょうね、とアッサリ言われ、
「じゃあ、点滴打っとく?」
 どうする? と訊かれ、お願いします、と力強く言った。

 その日は病院もかなりご盛況――つまり患者が多く、明らかに風邪をひいているらしい人たちが、多く待合いソファに座っていた。

 こさっぺさん~と呼ばれて点滴室に入ると、おっと、今日は先客アリ。
 いつもとは違うベッドで横になって、針を打ってもらう。
 今日の看護婦さんは新顔らしくて、ちょっぴり手間取りながら一生懸命点滴を打ってくれる。液の落とすスピード速めてもいいですか? と訊かれるが、あんまり速くても怖いので、そこそこにしてもらう。
 こさっぺは大人しく本を読んで、ベッドで横になっていた。

 そこへ、点滴室に先生がやってくる。看護婦さんと話をし始めた。
「今日あと○○人来るから。大丈夫? なんかあったら手伝いに来るから、呼んでな」
 と看護婦さんに言い置いて、診察室に戻っていく足音。
 なるほど、今日はやっぱり風邪ひきさんが多いらしい。

 そこへ、点滴室の扉がガラガラ開いて、次の客がやってきた。
 看護婦さんが誘導して、あたしの隣のベッドに座る。
 寝転べばいいのに、「いや、いいです」と制して、座る。声は若い男性のようだ。
「いや、座ったままで。あ、スピードはマックスで。いつもそうなんで」
 とか看護婦さんに言ってる。

 おお、これは紳士。病院の客はけを気遣って、なるべく早く終わらせ、サッと出ようという心掛けなのか。カッコイイではないか。
 と、思っていたら……

 「いや、もっと速くでいけます。ええ、お願いします。針の角度が……いや、こうじゃなくて、こっちの方が速く入るかも。こうかな? この角度が……」
 やけにこだわっている。
 看護婦さんが、優しい子猫のような声で、頑張って応対する。
「あ、こっちですねー。はい、これで入りますかぁ? あ、もっと、こう、こう…… これで早くなりますね~」
「いや、でも、針がね、こうした方が……」
「はい……痛くないですかぁ? こっちの、腕をこうして……」
「あ、でも、ここが……」
 おい、会話がささやき声で、若干エロく聞こえるぞ。
 ていうかお前、看護婦さんに喋って、触ってもらいたいだけだろ!

 こさっぺがうんざり寝ころんでいると、今度は、待合室でもゲェッホゴォッホうるさかったオッサンが入ってきた。
 遠くのベッドから、看護婦さんの細い声と、うるさいほど咳をしまくる大声が、響いてくる。
 これがまた、いやな菌を撒き散らすような、だみ声を張り上げた咳である。
 ていうか、そんな風邪ひいてるんですアピールせんでも、みんな病院来とんねんから風邪ひいとるわ!

 と、隣のお兄さんから、か細い声が上がった。
「すいません~」また看護婦さんを呼ぶ。
「痛いんですけど」
「あっ、また針の角度が……スピード速かったですかねえ、」
「いえ、なんか針が上手く……なんとかして、痛い、痛い……」
 とまた問答を始める。
 おいっ! 自分でそうしてって言ったんだろうがっ! 
 イチャモンつけるんやったら、最初から看護婦さんのやりやすいようにさせんかっ! そした何の問題も起こらんわ。 迷惑をかけずに、サッと出ていく、それが紳士っつーもんじゃないのかっ。

 遠くでは、いやな気を撒き散らしていたオッサンの咳声も、いつのまに眠ったのか、静か~になっていた。
 隣のお兄さんは「痛い~……痛い~……」と弱々しく唸っている。

 も~~(怒)
 騒ぐなっ! かまってもらいたい坊やが!
 点滴ぐらい静かに受けられんのかっ!
 針がなんだっ、ちょっと皮膚に刺すだけじゃないかっ。
 血がどうしたっ、そんなもん、穴空けるねんからちょっとぐらい出るわい。
 ただでさえ混んでて大変だっていうのに、看護婦さんの手をわずらわすなっ!
 むしろ気遣いを見せるのが、大人のオトコじゃないのかっ!

 そういえばこないだ、小説講座で、最近の男の傾向について講義があった。
 なんでも、最近のライトノベルのターゲットとなるべき若い男は、
『成長なんてしたくない』、らしい。
 曰く、『自分から何も動かないで、ありのままの子供の自分を、可愛い女の子たちに愛してもらいたい』らしい。
 日本、終わった。死ね!
 と、作家の五代○う先生は言った。全く同感である。
 努力をしろ! 仕事しろ! せめて身なりを整えろっ!
 最近の日本の若者(男)は軟弱になった、というけれど、まさかここまでとは。
 こちとら、人類の未来まで考えて、日夜努力(大げさ)しているというのに、なんでこんな男たちに求められなあかんのだ!
 それにくらべたら、「点滴のスピード、マックスでお願いします」と最初強がった男性の方が、まだマシってもんだ。たとえ最後に「痛いよ~」と泣いていたとしても!
 そうだ、強がることが、男の頑張りなのかもしれない。

 ……ていうか、男性のみんな、もしかして、強がってます? 弱いところは、隠そうとしてる?
 そう考えると、いろいろ思い起こすに、合点のいくことが多い。
 ああ、そういうこと。あの人も、この人も、そっか、あー、はいはいはい……。
 てね。

 男はたぶん、もしかして、弱いのだ。
 だから、男の子は強いのよっ、頑張って! と言わなあかん。
 ケツ叩いてばっかいるのもナンなので、いいことも言っとこう。
 あたし、頑張ってる人が好きよ。無条件で。応援したくなる。だから会社でチアガールもしているのだ。ただ踊りたいだけという説もあるけど。

 だから頑張れ男! 未来の日本を背負うのだ!
 弱いからこそ頑張る。その姿がカッコイイのじゃないか。

 ~~んなこと考えながら、毛布の中でモゾモゾして、待つこと数十分。
 (隣の男性の元には、先生が飛んできて、事なきをえていた)

 ていうか点滴したら、あたし風邪治ったわ。
 なんか、しっかり生きていこう、と思った。
 シャッキリと起き上がって、看護婦さんにお礼を言い、薬を受け取って、こさっぺは病院を後にしたのだった……。

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断執~だんしゅう~修業マニア

 こさっぺは特殊能力型人間である。
 ジャンルは芸術系である。絵画とか、歌、舞、劇作、映像美、演技、芸ごとなど、芸術世界の神髄においては、そんじょそこらの奴には負けない自信がある。

 が、それは世間においては何の役にも立たない能力であったり、またあるところでは物凄く珍重される能力であったりする。
 たとえば銀行では、事務能力に優れた、仕事のできるバリバリの女性がいいけど、私は、広報部門においてのみ、絵とか映像制作とかの特殊能力(文章とかの、と言いきれないとこが悲しい)を花開かせることができる、みたいな。
 もうそろそろ、芸の道を、とことん極めてみてもいい頃だ。

 というか、変な話、全然関係ないんだけど、
 今まで、「若い女の子なんだから色々いっぱい恋しなさいよ、恋人の1人くらい作りなさいよ、早く結婚しなさいよ、……」
 という、強迫観念にも似たプレッシャーを受け続けてきた。
 世間一般の観念や、愛する友たち、そして母親から!
 言うたら、普通の人間でいろよ、みたいな。。 世間一般の道筋をたどれよ、みたいな。。さ☆

 でも私は、作家になりたいモードと、普通の女の子モードを上手に切り替えられるほど、器用じゃないのよねん。(キッパリ!)
 てゆーか作家になりたいモードのままで、女の子でありたい。

 あえて言う。
 綺麗な+女性であってもいいし、男がいなくてもいいのだ。

 ようやく自信を持って、大声で言える。

 本気で取り組む時があってもいいじゃない。

 人生には、集中してやらねばならん時があるのだ!

 それが、のちの成功につながるのだ。
 そうすることが、自分を大切にすることだと思う。
 (よって今、ナルシスト推進期間中+)

 今を逃しては、修養の世界に入り込むチャンスはない予感がする。
 ダラダラと会社を続けて、何となく結婚(え、できるの?)、子供を叱りとばす大阪のおばちゃんになる気がする。
 今が正念場、脇目もふらず猪突猛進に、頑張るべき時なのだ。
 今は修行の時だ。山寺の僧侶だって、一切の我欲を捨てて、心身の修養に励むではないか。(お稚児もいたけど)

 とはいえ、凄まじいまでの男性へのシャットダウンはいけないと(長年怖キャラを続けてようやく)気づいたので、
 店覗きこまれたら「開いてますよ~」くらいにしとこうと思う。
 まったくの色気も女も捨てて、ミソっかすになっては困る。(高校の頃執筆中は、女子としては味噌汁の底のカスだった)
 色を残して執を残さず!
 これ女人(あま)修行の極意なり!
 執は、すなわち悩み、怒り、恨み、誤魔化し、騙し、妬み、疑い、驕り、逆上せ、落込み、……である。これらの煩悩は、正しい心の働きを、妨げるものとされる。(by薬師寺秘書)
 それらを断って、修行に励む! それが解脱への道、物語の神が下りてキタ━(゚∀゚)━!!への筋道なのだ。
 女も磨き、技も磨くぞ! そして人間を磨いて上げるのだ!

 でも、すっごいイイ男に、「なんだ、今は考えてないんですね」と言われたら、「いや~~ちょっと待って、考えてるし考えてるし考えてるし」と、3回くらい言うかもしれない。(難しいところだ)

 人と違った能力を持って生まれたからには、それを世間に生かす使命がある。
 私の場合、世間一般と同じことをしていてはダメだ。なんせ特殊だからネ。
 てゆーか何事にも修行するのが好きなのだ。たぶん。ドラゴンボールのゴクウぐらい。
「おう、修行マニアでいこうぜ!」
 自分の特殊な技能を磨き上げて、世間一般サマに奉仕することができたら、それってすっごくステキなことだと思わない?

 てなわけで、みんな、一緒にがんばろうよshine

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