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2010年11月

連載ゲットォォォオ!

 こさっぺの原稿がボツになった。

「はぁ?」

 そんな、企画を命じられて書いたのに、なんでまた?

 と、いうのも、会社の社内報の特集ページの話である。
 上司はおもむろに、大きく息をすって、言った。

「この記事は、シリーズものとして、連載にします」

 。。。そう、今回書いたのは、うちの会社の運動部をクローズアップした特集記事で、こさっぺが全精力をかけて書いたものだった。

 最初は、運動部特集ということで、見開き2ページ。
「ウエイトリフティング部とフェンシング部について、1ページづつ書いてごらん、部員の子には取材の話はつけたから」
 と、突然割り振られたものだった。
 ふってわいたような話だったが……
 こさっぺは元々、この会社の運動部のチアガールをしており、応援したい、彼らの頑張りをみんなに知らせたい、それを自分の力で表現したい! という欲求が極めて強い女子であり、
 “応援”と“書くこと”に関しては常にマジであり、
 広告代理店などに入社せず、一般の会社に入って、そこにいる人たちのために表現したい! と思ってフツーのOLとして会社に入り込んだのであり、
 まさに、今ここで私が書かねば誰が書く! という状況だった。

 そこでまず、デザインから凝った。
 印刷会社への指定は漫画家並みのこまかさで、表題は、ギリシア神殿の屋根に埋め込む。屋根の浮き彫りには、うちにある部活のスポーツをしている人物像を入れる。神殿の柱の形は、ドーリア式(資料つきで渡した)。横倒しの柱は、剣とバーベルをモチーフにして、イオニア式を取り入れる。あ、それと記事の区切りのラインは、月桂樹の葉っぱで。ぜったい月桂樹。そこはゆずれない。そして、ページレイアウトのずれもよしとしない。
 そんなこんなで凝りまくり、印刷会社のデザインに3度も4度もリテイクを出しながら、ようやく形になってきた。

 そして、取材と執筆に関しては、会社の求めるポテンシャルを大きく上回って(ほとんど趣味で)、現実に戦っている部員たちの生の声を求めて、何度も綿密な取材と監修をお願した。
 写真をたくさん提供してもらい、競技のDVDを貸してもらい、ルールを教えてもらい、印刷会社からあがってきた原稿に赤ペンを入れてもらいながら、ようやく完成の域に達したのだ。
 それができたのも、部員が受け入れてくれたのも、根底に、まず応援したいという私の熱い思いがあったからだ。
 今身近にいる彼らを、これほど応援して、共感して、そのがんばりを表現できるのは私しかいない。これだけは、記事をさらさら書く上司にも、プロの作家にも、誰にも負けるものか! 
 気づくと、取材内容がふくれあがって、書きたい内容も大ボリュームになっていた。そこで……

「あの、ウエイトとフェンシングのページなんですけど……

内容たくさんあるんで、2ページずつの、4ページにしてもいいですかぁ?」

 と、ウキウキして言ってみた。
 元々、記事内容に事欠いている状況だったし、発行時期も間近に迫っていたので、むしろ歓迎という形で、OKをもらったのだ。だがぞの記事が……

 ボツ。
 というのも、どうやらフェンシング部のなかの1人が、今月で退社予定だからだという。
 その子を出して特集するのは、時期的にまずいだろう、という、しごく真っ当な理由であり、すんなりと納得がいった。

 聞くと、今回はウエイトの方をPart1ということにして、フェンシングは次号、そのまた次に野球やバレーボールなど…… と続けていく形にしようとのことだった。

 そう、こさっぺの野望だった運動部特集は、見開き2ページの単発のはずが、グイグイ広げてやりまくっていたら4ページになり、何だかんだで、今や連載に発展したのだ!

 単発のハズが、連載ゲットォォオ!rock

 天の思しめしだ。それだけのやる気と、書く中身はあるもの!

 そこで初めて気づいた。
 実はこさっぺは、ここのところずっと鬱々として、気分が悪かった。
 ブログなどにそれを書かなかったのは、何もそんなことを、エンターテイメントを発するべき自分が、声高に言うこともないと思っていたからだが……
 体調は深刻な状況だった。この会社にいても、もうやるべきことがない。生きている気がしない。頭は割れるように痛く、朝は体が鉛のように重く、意識は朦朧とし、浮かぶのはネガティブな考えや神経過敏な怒りばかり。

 それが、イッキに抜けたのだ。スコーンと、音が聞こえてきそうなくらい。
 「連載持ち」という存在価値を得ただけで、それはもう本当に、水を得た魚のごとく生き生きしはじめた。
 あんなに(辞める辞める……)とばかり考えていたのが、仕事続けよ~かな~♪ というモードに切り替わる。なぜなら、書くことがあるから!
 会社で淡々と仕事をこなすデキる女になるより、誰よりも女を謳歌してイケメンをゲットするより、何よりも一番、私の価値を、輝かせるもの。
 ああやっぱり、私は“描く人”としてじゃなきゃ、社会で生きていけない。荒波におぼれて、どこが天か地かも惑ってしまう。
 しかし神は私を見捨てていなかった。まだ生きられる。
 あぶないところだった。今の会社をやめても、次の仕事がまた“描くこと”でなければ、こさっぺという人間は海の藻屑と化していたであろう。
 ポジティブに考えよう。そう、“描く仕事”でなければ病む、ということは、なんて“描く仕事”に向いた人間なんだ!

  

 そしてもう一つ事件が発生。
 こさっぺの普段仕事で使っている、パソコンがクラッシュした。

 もう5年以上使っているものらしく、ガタがきていたもよう。だが一般社員のパソコンとは違い、画像加工やウェブ管理にも適した、特殊なパソコンで、おいそれと代用が効かない代物なのだった。
 仕方がないので、自分の席を離れた遠い場所のパソコンで、不便な作業を続けていたのだが、なんと、パソコンを新しく買い替えてもらえることになった。
 しかも、最新型の超ハイスペックマシン!
 個人では買うことも扱うこともできないウン十万のPCを、使うことができるのだ。
 フォトショップも、イラストレーターも、ドリームウェーバーも使いたい放題!
 社内で一番画像処理や、編集に向いた高機能コンピューターが、私のものに!shine
 やる気キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 運が向いてキタワァ*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(n‘∀‘)η゚・*:.。..。.:*・゜゚・* !!!!!

    

 ここで、最近読んだ本をひとつ。

―――――――――――――――――――――――――――――――   

これで、あなたの運命がキマル!史上最強の乙女のバイブル。

買ったきっかけ:
新本屋で見つけて、あまりにキラキラしすぎで買えなかったが、古本屋で見つけて、おトクそうだったから買っといた。

感想:
チョーポジティブシンキング。
信じる者は救われるという概念は、宗教にも通じるが、この本はあくまで「乙女向けの」最強バイブル。

おすすめポイント:
運は、自動的に自分を幸福へ導く装置。運を信じてまかせりゃ上手くいくってあたりが、ラクに明るい感じでよい。

これで、あなたの運命がキマル!史上最強の乙女のバイブル。

著者:上原 愛加

これで、あなたの運命がキマル!史上最強の乙女のバイブル。

―――――――――――――――――――――――――――――――

 当面はこの「運」を信じて、波に乗っていきたいと思う。

    

 そういえば、今回の掲載は先送りになったフェンシングの記事を書いているときに、とても悩んだ一節があった。

 彼女たちは、なぜフェンシングをしているのか?

 一応、事前に取材はしていたが、どれが一番の理由なのかはわからず、筆に詰まった。

 なぜなら――   剣を持つことが、自分の力を一番発揮できることだからだ。

 そう書いたものの、それは、私自身の気持ちだった。私の場合はペン、とかになるけど。ペンを持つことが、自分の力を一番発揮できることだから、自分は今ここにいるのだ。
 迷ったあげく、私は別階にいるフェンシング部の女の子のところへ飛んだ。彼女は入社した時も同じ、同期だった。だから気兼ねなく話せるし、何よりフェンシングの記事をはさんで、もうたくさん話をしていた。
 彼女に原稿を見せると、「わぁ、スゴい」と喜びながら読んでくれた。
 私は先ほどの文を指さして、「ここがね、」と悩みを打ち明けた。
 私が勝手にこんなことを書いてしまっていいものだろうか。真実を曲げたくない。彼女たちの本当の、剣を持つ理由を書きたい。
 そう言うと、彼女はう~んと考えて、
「これでいいと思うよ。他の部員も、この気持ちが一番強いと思うし」
 と言った。認められたのが、きちんとありのままを表現できていたのがうれしくて、私は納得して帰っていこうとした。すると、全国○位のフェンシングの腕をもつ彼女は、ふいに私を呼びとめて、言った。
「あたし、この言葉すごくいいと思うよ。高校の頃、こういう題名で作文書いたことあるもん。『自分の力を一番発揮できる場所』って」
 本当!? ぱぁぁcherryblossom と花が咲くように嬉しかった。
 同じなのだ。彼女と私の存在が、共鳴したのを感じた。こんなに嬉しいことはなかった。

 その後、フェンシングのページは次号に回す連載形式になってしまったけど、この時感じた嬉しさや、この時表現できたことは、ずっと心に残っていくんだろうなぁと思った。

 ウエイト部フェンシング部の、今後の活躍を祈ってloveletter

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競馬場の愉怪談!?

 本日の東京競馬場、世界の一流馬を集める国際G1レース、ジャパンカップにて。

 きゃあああ! ブエナきたああぁ!!

 スゴい、父スペちゃんの伝説再来だあ! 秋の古馬王道制覇!!

↓その映像
http://www.youtube.com/watch?v=z_SsRTh5gZ8

 と思ったのに……

 降 着 って ど う い う こ と!!

 審議する者も、まじで空気嫁!

 国際的、世界注目のG1レースよ? 父スペちゃんと娘ブエナの親子制覇の歴史的瞬間よ? そんでブエナビスタのあの神がかり的強さ! 天馬のごとき神々しさ! 素晴らしい勝ちっぷり!
 牝馬にして最強、凱旋門2着馬もなんのその、世界をねじ伏せた圧倒的走りの前に、よ?

 進路うんぬんで降着って、
 あんなもん進路がどうなろうと、脚色でどう見てもブエナ1人次元の違う勝ちやったやんけ! 
 それを……あの強さをみんなが見た後で、G1未勝利馬の繰り上がり勝ちって……。
 ああ、世界に誇るべき国際G1、ジャパンカップの格が問われるね。
 勝ったローズキングダム陣営も、そりゃあ後味わるいわな。正々堂々勝って、胸に誇りたかっただろうに。
 JRAも、目先のしょーもない利益?とか考えてないで、競馬界の盛り上げとか、グローバルな視野で考えたらどうなの!
 んなせせこませせこま、決まりだからこうですねーオレタチタダシイ、じゃなくて、目の前の真理を見てみろよって話だ。あ~ちょ~気分盛り下がる~gawk

   

   

 とまあ、今日のところはこのくらいにして……(鼻息が荒くなってしまった)
 つまらんので、競馬場でバイトしていた頃などを思い出してみる。
 こさっぺは大阪芸人大学に通っていたころ、馬好きが高じて、競馬場へバイトにいっていた。

 馬に近づきたい一心だったのだが、仕事は馬券売機の前で、マークシートをうまく書けないおじさんや、競馬場内でトイレをさがす人を案内したり、あとたまに馬主用エレベーターに乗ってエレベーターガールをする、場内警備員だった。
 当時隆盛を誇ったタケユタカが目の前をひゅーんと普通に通っていったり、京都放送やフジ系列の中継車が止まって、映像機材をいじっているのを、興味深く眺めていた。(こさっぺは映像学科だったのだ)

 が、このバイトを志願して来た人の中には、私のように、馬好きが高じた人も多々いたのである。
 その中に、とても競馬の裏事情に詳しい……だけでなく、とても霊感の強い女の人がいた。
 彼女とは「馬好きに悪い人はいない」の信念のもと、とても仲良くなって、競馬のイベントや、栗東トレセン見学なんかも連れて行ってもらったりしていたのだが、ある日、バイトの休憩時間中に、突拍子もないことを言い出した。

「さっきさぁ、3階の券売機の下のところで、座り込んでうずくまってる霊がいてさあ」

 えっ、券売機の下に霊!?

 見間違いではないかと思った。だって競馬場の中では、いたるところに競馬新聞を敷いて床にすわっているオッサンがいるし、霊のように虚ろでぼんやりしている人もめずらしくないからだ。
 だが彼女はハッキリと「違う」と言った。

「そこで、お客さんの中にも霊見える人がいてね、2人で盛り上がったんだ! あそこ、いますよね、黒い服着て、うずくまってますよねって。同じの見えてたんだ☆ 他の人は見えてなかったみたいだけど」

 いや、そんなきゃぴきゃぴ話すこと……なのか?
 こさっぺは自分の常識が崩壊していくのを感じながら、それ以上の好奇心に駆られ、チャンスとばかりに、霊が見えることについて聞いてみた。

「うん、普段から、よくいるよ~」

 彼女はこともなげに言ってのける。

「競馬場の中にもよくいるしー。道端でも、向こうから歩いてきたりとか、部屋の中で上見たら、浮かんでこっち見てたりとか。でも、別に何もしてこないよ? なんか慣れてるから、あーまたいるいるって感じ」

 ……聞けば聞くほど、こさっぺには彼女の話が、どうしても嘘には思えなかった。それほどリアリティーというか、実感が感じられる。そうか、霊が見える人っていうのは、こんな感じなのか、と新鮮な驚きがあった。何より「怖くない」というのが驚きであった。
 しかも、「馬好きに悪い人はいない」のである。彼女はともかく馬とおしゃべりが好きな、善良なお姉さんであった。
 こさっぺはそれまで信じていなかった、「霊」の存在を信じざるをえなかった。そして理解すると同時に、恐ろしさも手をはなれて、ふわふわ消えていくようだった。

 後に、こさっぺは「スピリチュアリズム」にハマッて、色々本を読んだり、「見える人」の話を聞くうちに、理解した。
 そうか、「霊」がいるのはフツーのことなんだ。別に怖くも何ともない。
 彼らを怖いと思うのはむしろ、人間至上主義の傲慢にすぎないのではないか?
 なぜ霊を悪者にし、怖れる必要がある? 人間こそ最も怖ろしいものだというのに。明らかに勝利を褒め称えられるべき馬を、敗者に追い落とすこともできるのに。
 そういえば、よく夜中に金縛りで彼らにお目見えすることはあるが、「もう、邪魔!」と思いこそすれ、死ぬほど怖いと思ったことはない。

 馬の霊にお会いしたことはないけれど……
 でもそうだな、もし死んで、天にのぼる時なんかは、天馬の霊が来てくれたらいいなheart01 なんて思ったりするのである。

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