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2010年7月

旅立ちの日

 こさっぺは、旅に出ようと思った。
 日常が何だかもうイヤになっていた。
 会社との往復の単調な毎日、ルーチンワークの変わり映えしない下働き、そしてネチネチとした嫌がらせや険だった態度、無視や失礼な扱い。

 初めての一人旅である。海の向こうのどこかへ、突然一人で海外は無理だとしても、国内の、海を越えた場所へ行きたいと思った。
 行き先つ、北海道は洞爺湖、そして周辺観光地や馬産地に決めた。
 馬は、昔から大好きで、いつか北海道に旅行して牧場を巡るのが夢だったからだ。
 洞爺湖や羊蹄山は、パワースポットとして今有名で、私はそういうところに行くとすごく自然のパワーを感じて癒されるので、行きたいと思った。
 洞爺湖は、今までの自分を捨て去って、生まれ変わるエネルギーがあるという。
 羊蹄山は、女性らしい愛情のパワーをたたえた場所だという。
 愛情……。とにかく、今までの嫌なことを捨て去って、新しく、強く生まれ変わろうと思ったのだ。

 そんなわけで、一人で久々の飛行機に乗り(4歳の時アメリカへ行った以来だ)、新千歳空港に降り立った。
 時間がないのでせっせとバスに乗って、一度行ってみたかった「ノーザンホースパーク」へ行く。午前中なら現役馬の調教が見れるかもしれない!
 が、時すでに11時……。のぞいた調教コースには、遠くをポクポクと平和に歩く3頭の馬しかいない。
「調教は朝9時くらいじゃないと見られないよー」
 と、厩舎の人に言われた。
 が、うれしい誤算もあった。厩舎にひょっこり足を踏み込むと、なんとあの
ダイナガリバー御大が、フッツーに馬房の中に立っていたのだ。
 エエッ!? と馬房のネームプレートを見直しても、「ダイナガリバー」と書いてある。普通の人は知らないだろうが、有名な種牡馬さんなんだぞ。
 そしてなんとその厩舎には、インティライミチェストウイングもいたのだ!! 何を隠そう私の大好きなshineの子供だ。重賞ウイナーの男の子たちである。ものすごくフツーに足元の草を食べてたけど。

Photo_2                    イ、インティ……?(笑)

 その時の私はとてもうれしかったのだけど、夢のようであまり浸りきれず、同時に心の底でとても焦ってもいた。
 なぜならその後おみやを買って、北海道出身の友達の友達が作っているという「蹄鉄パン」を買って、はやくごはんを食べなければならないのに、次の予定のバスに乗るため、行きたかったレストラン「ノーザンテースト」には行けなくて、急いで高いパンと牛乳をのどに流し込んでバス停へ走って……。
 ああ、私の計画性ってダメダメだな……。と自分に点数をつけていた。自責の念にかられて落ち込む。こんな考えグセだからプチ鬱になるのだ、と思うが、性格はそう急には変われない。
 なんとかバスに乗れて、特急電車に乗って、洞爺湖へ向かった。

 ガタン、ゴトン……。電車に揺られて、アンニュイに外の風景を眺めながら、思いにふける。
 そう、私は、人間関係に傷ついて、旅立ったのだ。
 主に仕事場で。人には愛情を与えることが正しい思っていたけれど、仕事に夢と希望を失った。
 仕事場では成果が全てで、人への思いやりなんかない。チアガールとして応援している、会社の野球部の人も、あたし個人の愛情なんかいらないらしく、わかりやすいほど強烈にシャットダウンしてくる。後に残ったのは、男からの小さなプライドをかけた圧力や、女からのいわれのない嫉妬……。
 私は元からあまりない自信を、さらに失っていたから、癒さなければならなかったのだ。
 私のアイデンティティは、人や馬やモノを愛することから生まれる。
 愛するっていうのは、恋愛だけじゃない。ただ人に優しくしたり、思いやりを与えたり、応援したい、ただ何かしてあげたいという気持ちだ。そういう強い気持ちには自信がある。
 だけどそれをつっぱねる現実に疲れた。人間性を否定され、ただ機械のように動く毎日。
 それでも、人を愛するのは正しい、と思う。
 そのくせ私は、すぐ人を遠ざけるクセがあって、人間不信になっているのだ。こうやって一人で旅立ったのも、そのせいだ。
 多分、自分の時間や、やりたいことをとられるのが、怖いと思っているのだろう。
 でも人を信じるってことは、「時間をとられる」と思うことじゃない。「より自由になること」なんだろう。
 人はエネルギーと、さらなる自由をくれる。人は優しい。信用していい。
 人に優しくしたい。人を信じたい。
 そのための旅なんだと、ぼんやり思いながら、窓の外の大地を眺めていた。

   ↓ちなみにこの頃頭の中に流れていた歌。ケーブルテレビで「テイルズ オブ ジ アビス」見てるのだ
    http://www.youtube.com/watch?v=Ha69xh2UC0o&feature=related
    http://www.youtube.com/watch?v=hQPKk5tvZL0&feature=related   
「カルマ」名曲!!

 洞爺の駅に着くと、温泉街行きのバスに乗った。
 チラリと横のタクシー乗り場を見ると、看板にでかでかと「温泉街まで15分、1900円」と、親切にも書いてある。
 うへえ高ぁ、と思いながら私は320円のバスに乗って、ズンドコ揺られながら洞爺湖温泉へ急いだ。
 でも温泉街のターミナルに着くと……、そこからは、タクシーを使って急いで次の予定、乗馬牧場に急がなければならない。バスでは行けないのだ。金に糸目はかけられぬ。
 私はすぐさま走って、タクシーがたくさん止まっているタクシー事務所の方へ行った。でも、人が乗ってる、タクシーがない……?
 困惑していると、事務所の中からおじさんが出てきて、
「今呼ぶからね」
 あっちからすぐ来るから、と言うので、大丈夫かぁ?と不安になりながらターミナルに走り出て待っていると、温泉街ターミナルから少し離れた所に止まっている2台(たった2台!)のタクシーが動くのが見えて、やってきた1台に、私はヒッチハイクさながらはーいはーいと右手を大きく上げて、止まってもらった。
 とにかく必死で、間違いないように伝えねばと、
「レイクトーヤランチっていう、馬の牧場行ってください。馬の」
 と念を押し、わかります? と尋ねると、
「わかりますよー」
 とタクシーのおじさんはおおらかに答えた。
 それから、湖畔を走って山奥に向かい、馬に乗るの? そ~う、メジロ牧場? 近いよー、といった世間話をしながら、タクシーのおじさんに帰りのことを聞いておいた。
「帰りしって、向こうでタクシーありますか?」
「僕また迎えに行きますよー。帰り何時? 5時くらい? その時間ちょっっと行けないかもしれないけどね、その時はほかの人に言って、迎えに来てもらいますから。なるべく僕が来るようにするからね」
 と、親切に言ってくれる。ああ、田舎の人にはこういう温かみがあるんだな。都会の忙しいタクシーみたいに、金もらって終わり、じゃないんだな。と少し感動して、ありがとう、と言って、目的地で降りた。
 まさかその感動が、今回の旅全体に広がるとは、この時思いもしなかった。

 目的の乗馬牧場にたどりつくと、そこには私用に準備された馬が待っていた。牧場の人が元気にあいさつして迎えてくれる。
 そう、私は馬に乗って山登りし、洞爺湖の景色を眺めたくて、ひと月前から予約していたのだ。何を隠そう、乗馬ライセンス(一番かんたんなやつ)も持っている。
 そんなわけで、クウォーターホースという、おとなしくすぐ道草を食ってしまう馬の背に揺られながら、インストラクターさんの馬について山に登り、景色や空気を楽しもう……、と思ったのだけど、操縦(おもに道草食わないようにする愛のムチ入れ)に忙しく、ほぼ馬の「草食べたい目線」に気を取られながら、乗馬は終了した。
   

Photo                    道草食われつつ乗馬中。

 乗馬から帰ってくると、あのタクシーのおじさんが、もう待っていてくれた。
「ずっと前から待ってくれてますよ。お客さんのタクシーだったんですね」
 と牧場の人。
 私は乗せてもらったお馬にニンジンをあげ、牧場の人たちにお礼を言うと、急いでタクシーの方に走った。
 白髪で小柄な、人のよさそうな初老のおじさんは、車から少し離れた所にひょっこり立って、たばこをふかしていた。
 すみません~、と駆け寄ると、いいですよー、と言ってタクシーに乗り込む。
 見た感じは、60歳くらいだろうか。なんとなく、うちの信用金庫にいる嘱託(定年を越えても非常勤として働く、信頼のおける賢者)のおじさんたちに、雰囲気が似ている。私は仕事場で、嘱託のおじさんたちにとても懐いているのだ。以下、この親切なタクシーのおじさんを、「おじい」と呼ぶことにする。
「メジロ牧場行きたいって言ってたね? 宿に行く前にちょっと回り道して、見ていこうか」
 おじいは、私がメジロ牧場に行きたいと、行きしの車の中で言ったのを覚えていてくれたのだ。だから本当は他の地域の管轄だったらしいのを、他の人にまかせずに、私を迎えにきてくれたようだった。
 私は超ハイテンションで喜んだ。
「メジロ牧場! 見たい! 行きたいです! 行きましょ行きましょ~っ!」
 メジロ牧場といえば……メジロドーベル、メジロブライト、メジロライアン、メジロラモーヌ、メジロマックイーン等々々……数々の名馬を輩出した名門牧場なのだ。
 ただ、ここ10年ほどは、目立った活躍馬もなく低迷し、この夏デビューのメジロドーベル×ディープインパクト産駒の男馬が、両親合わせて12冠ベビーと呼ばれ、牧場の期待を一身に背負っているという。
 その低迷が始まった10年前に噴火し、メジロ牧場をおそった火山が、今回の観光地にある有珠山だと知ったのは、この少し後のことだった。

 メジロ牧場に着くと、もう見学は時間外だった。でも、おじいが牧場にいた若奥さんに話してくれて、外から馬たちを見せてもらった。
 あの名門メジロのお馬たちだ。私はめちゃくちゃはしゃいで、馬に近寄り、おじいに写真をたくさん撮ってもらった。夜間放牧のお馬たちも遠くから見ることができた。
 その後、近くのレークヒルファームのアイスクリームがとっても美味しいというので、おじいに寄ってもらい、アイス食う私、の写真まで撮ってもらった。
 そしておじいオススメのスポット、展望台に寄って、洞爺湖の中に浮かぶ中島を、高台からすっきりと見渡すことができた。
 おじいは、私の行きたいところ、したいことを第一に考えて、それに沿って出来る限りの案内をしてくれた。
     

Photo                       メジロ牧場の馬と私

 宿のチェックイン時間は18時。色々見て回ったので、タクシーの中で「ちょっと遅れますー」と電話した。メーターはもう6000円を超えている。
 明日は羊蹄山も行きたいんだけどな~。湧き水とか汲めるところ。バスで行けます? とか聞きながら、宿に向かっていると、おじいがふいに言った。
「もし――私を信用してくれるならね、」
 え? と私は注視する。おじいは続ける。
「明日、私、仕事休みだから。家の車で、羊蹄山に連れていきますよ」
 私の頭の中に、この旅の目的が、ふっと浮かんだ。
(あ――人を信用する だ!)
 行きの電車の中で感じたことを思い出す。今がその課題の時だと、はっきり感じた。私は人を信じるために、人を正しく愛するために、旅に出たのだ。
「そんな、私、車に乗せて誘拐したりしませんよ~sweat01そんな悪いこと、しませんからね」
 と、言うおじい。
 それは必ずそうなのだろうと思えた。人の“気”は感じ取れるものだ。おじいから感じる人柄は、邪もなく北海道の大地のように澄み切っていて、人が良く、あったかい心の持ち主だと感じられた。ただ、信じようと思った。
「いいんですかー? そんな、お家の車で、休みの日に無償で案内してもらって……」
「うん、いい、いい。やー、あなた明るいしね、なかなか~~人柄に惚れたからね。これも、縁だから」
 そんな、こんなネクラな(笑)私の性格など褒められたものでもないだろうに、そう言ってくれる。
「明日羊蹄山の湧き水汲めるところもあるからね、ペットボトル持ってきてあげるから。あ、メーターももう止めとこうね」
 と、宿への道すがら、タクシーのメーターを6500円でポチッと止めた。

 明日10時頃に宿の近くまで迎えに来るから、と約束し、連絡先として携帯の番号を交換して、私は宿の前でタクシーから降りた。
 また明日~と手を振って、宿に入るも、私は一抹の不安を抱えていた。
 はたしてこれでいいのだろうか? 少し、警戒心が、私の中で問いかけてくる。信じていい相手だとはわかっているけど、本能的な警戒心が働いてしまうのだ。私は本当にびびりだ。
 最初に予定していた旅のプランとは、大きくかわってしまうかもしれない。いや、まさか一日中時間をとられるということはないだろう、午前中で、つつがなくお礼を言って解放してもらおう……とか、そんなことを考えていた。
 あまりにもご立派な夕食を、たらふく食べながらテレビを見ていると、おじいからケータイに電話がかかってきた。かすかなおののきを腹の底にかくし、明るく電話に出る。
「はい~」
 内容は、
「明日10時だったら時間もったいないから、9時くらいに出られる? 宿出て道沿いにまっすぐ歩いて来てくれたら、白い車で向かいから走っていくから。ナンバーは○○―……」
 というものだった。
 まるで、時間午前中で足りるかな~、という私の懸念の心を、遠くから読んでかけてきたかのように、ぴったりなタイミングでの電話だった。
 その後、悪いので私用のペットボトル(いろはす)を買って用意し、毎夜洞爺湖上で見られるという花火を、一人で外の足湯に浸かりながら、見上げていた。
 宿に帰ると、名所・洞爺湖温泉に、ゆ~~っくりと浸かりながら、ぼんやりと替え歌を作った。
   
    ↓洞爺湖温泉に浸かりながら替え歌を作っていた。alanのレッドクリフ〜心・戦〜♪
    
http://www.youtube.com/watch?v=giQRV1kI8L0&feature=related  温泉浸かってた他の人からは、(こいつ歌ってる!)と思われたことだろう。

 その夜、宿のテレビで、いつか見たような番組を見た。何気なくつけたチャンネルである。
 ひとつは、「熱血ホンキ応援団」というもので、元野球選手の清原が、甲子園時代戦って、今故障から復帰してきた元投手のおじさんに、戦いを挑まれて、潔く受けて立つというもの。清原いわく、
「甲子園は特別だから。あの時対戦した彼の球も、自分が打った打球も覚えている」
 という。
 ああ――私は思い出した。この清原は、あたしが今絆を断っている、野球部のある古株さんと、同じ高校で先輩後輩だった、元球児なのだ。
 私は、それこそ『熱血でホンキの応援団』でいたかったのに、何を間違ったのか、その古株さんと、全くの国交断絶状態になってしまった。
 それでも私は、こんな彼らの姿に感動したのではなかったか。拒絶されて、どうすればいいのかわからないけど、やっぱり応援するのが正しい気持ちだと、見せつけられたような時間だった。
 もうひとつ、やっていたテレビは、芸人が田舎の孤島を旅するものだった。
 伝統的な漁法を身につけようと頑張る若者を、熟練の漁師のおじいおばあが、地元総出で出迎え、厳しくも温かく育み、別れの時は、愛情いっぱいに送り出す、というような内容だったか。(過去に見た旅番組と内容かぶってるかもしれない)
 地元の人の温かみっていいな~~と感動した(何でも感動する)。私も旅をするなら、こんな体験をしたいなあと、前から思っていた。
 なぜこの機会に、こうも私の考えていることに一致する番組が流れるのだろう、と不思議に思いながらも、また明日、朝早く起きて9時に出られるように、眠りついた。

   
 さて、次の日である。
 部屋に運ばれてきた朝ごはんの量は、ハンパじゃなかった。
 ヤバい、料理高いプランにしすぎた……。腹の中には、昨日限界まで食べすぎたものがまだ残っている。でももったいないから朝も全部食べてしまう、貧乏性な性分で……。
 顔を外用に作って(化粧して)いると、おじいから電話がかかってきた。
「もうそろそろ行くからね。宿の前の道を、右の方にゆ~っくり歩いてきてね。今から家出ますからね」
 方向音痴な私は、道の方向を何度も確認してから(それでも間違うことがあるのだ)、電話を切った。さ、行かねば。
 フロントでお支払いをして「ありがとうございました~」と送り出された。旅の醍醐味は、宿の歓迎と心地よさもあるだろうが、今回の旅では、宿は影の薄い脇役となってしまった。

 言われたとおりの道を、まったりてくてく歩いていると、おじいのものらしき白い車が、歩道沿いの空き地に止まった。急いで駆け寄ると、なんど、でっかいワゴン車じゃないか!(高そう!)
 中から、昨日のおじいが、ひょっこり笑顔で出てきた。チェックのシャツに、ジーパン。何ともナチュラルなたたずまいだ。
 横の助手席に乗せてもらい、車は発進した。
 車は洞爺湖畔沿いを走って、眼前に広がる湖や、浮かぶ中島、湖岸にはたくさんのキャンプ客のテントが見えた。今日の天気は残念ながら曇りで、スキッと青くは見えない。湖全体に白いもやがかかっている。昼から雨が降るかもしれないらしい。
 おじいは洞爺湖温泉の対岸にあると語っていた、自分の家に向かっているようだった。ややビビる私。明るく話しながらも、昨日よりは勢いがなかったかもしれない。やはり、誘拐……とまではいかないが、全部の恐怖心は取れていないのだった。人間不信は一朝一夕に治らない。
 おじいの車は、元職場だった村役場(公務員だったらしい。)の隣の道を抜けて、すぐ近くの小奇麗な一軒家に止まった。
 私用のペットボトルをとりに家に寄る……ということだったが、私は昨夜「いろはす」を買っていたので、それより、今日の昼からは洞爺湖内の中島を散策したいので、雨が降りそうだからビニール傘をかしてほしい……と、おそるおそる頼んだら、家の中までビニ傘を取りに行ってくれた。本当に何から何まで頼り通しである。
 そこへ、窓からおじいの奥さんが顔を出した。空のペットボトルを手渡してくれる。(が、それは自動的におじい用のペットボトルとなった)そして私に言った。
「……まああの人は、ほんとに人畜無害な人だから、安心して、色んなとこ連れてってもらったらいいよ」
 恰幅のいい奥さんからそう聞くと、私は同性の保証をもらったようで、幾分かの確実な安全をもらったような気がした。
 おじいが家の中から傘を持って帰ってくると、私はもう恐縮とかもいいことにして、さあ、出発だー! と楽しくおじいと出かけた。

 車の中でしみじみ、「タクシーで行ったら高かったよ~」というおじい。「ええ、レンタカー借りても、私道に迷うんでムリですし」という私。
 前方に、羊蹄山が近づいてきた。でも、山の麓から上を雲ですっぽり覆われていて、ほぼ見えない。
 羊蹄山には、行きたいのではなく、見たいのだ。羊蹄山は、『自分にとっての絶景ポイント』を見つけることが、大切らしい。
 おじいは、私の絶景ビューポイントを探して、山の麓の、各町村をぐるぐる回ってくれた。
「どうしてそんなに羊蹄山にこだわるの?」
 おじいの素朴な疑問に、私は本心を答えられなかった。
 羊蹄山は、女性らしい愛情のパワーを与えてくれる場所だから、なんて。
「いやぁ~……パワースポット特集の本で見つけて、行きたい!! って思って。全部直感で動いてるんですよ、私」
 やっと少し雲の切れ間が出て、晴れてきたころ、私たちは最初の水汲みポイントに着いた。

 最初に行ったのは、たくさんの人が(業務用含む)水を汲んでいる、羊蹄山ふもとの湧き水ポイントだった。
 本当に、今まで農作物の畑の風景ばかりで、人っ子ひとり見当たらなかったのに、北海道のどこにこんなに人がいたんだと思うほどの賑わいだった。引いたホースから、大量の貯水タンクに湧き水を汲んでいた、喫茶店の人いわく、
「これでコーヒー淹れると味が全然ちがうのよー」
 とのことだった。
 私も、おそるおそる、今回の旅の目的のひとつだった、羊蹄山の湧き水に向かって、ポットボトルの口を差し出す。
 水は勢いよくペットボトルに入り、大量に噴き出す冷たい水が、手にざばざば流れる。
 急いで注ぎ口から取ったペットボトルは、内部の水の冷たさに、もう外に水滴がついている。おじいも続いてペットボトルに湧き水をくんだ。
 おもむろに、ぐいっと飲み込むと、
              ……美味しい!
 山の鉱物でも含まれているのか、生きた自然のエネルギーの味がした。
 本当に、買った「いろはす」の北海道産天然水より美味しい。幼いころ、京都に旅して飲んだ湧き水以来だ。湧き水には、山のエネルギーがみなぎっていた。
 でも、おじいは「そう? いつもの味」とばかりに、きょとんとしていた。普段からさぞかしいい水を、トイレに流していることだろう……。
 その後、湧き水近くの豆腐屋にも入って、チーズのようなふわふわの甘~い豆腐を、試食だけして帰ってきた。(買わない)

 おじいいわく、一ヶ所目は「かみさんは、若い人が旅行で行くにはちょっと情緒がないって言ってた」らしいので、次の湧き水ポイントに行くことにした。
 たしかに、そこは情緒たっぷりだった。森の庭園があって、川にきれいな水が流れて、そしてたくさんの人々が、竹管に流れてくる湧き水のこぼれ口から、水をくんでいる(まるで流しそうめんのように)。羊蹄山のふもとに広がる、自然公園だった。
 またしてもペットボトルに水をくんで、ぐびぐび飲み、大事に持って帰る。おじいに記念写真も撮ってもらった。
 そうやっておじいにつれられて、湧き水のせせらぐ川の飛び石をえい、えいと越えていると、不思議な感覚が胸に満ちた。
 ――ああ、やっぱ、人と一緒にいるのっていいなあ。心地いいなあ。楽しいし、安心するなあ。
 こんな風に、まるでどこかのゲームや小説みたいに、一人旅に出て、出会いがあって、仲間になる、ようなことがあるんだなぁと思う。それは、驚きと感動だった。

 おじいと森の奥へ行くと、広場に出た。この日はたまたま、何かお祭りだったようで、驚くほどの人が集まっていた。和太鼓のステージ会場には、大勢の人が陣取って座り、その周りに、屋台がたくさんならんでいた。お祭り日和、絶好の観光スポットだ。でも……。
 おじいの後からついて歩いていた私は、足を止めた。
 なぜなら、あたしが行きたい場所は、ここじゃないから。
「そうか、なら行こうか」
「うん」
 頑固にもこっくりうなずく私に、おじいは帰りの道へ引き返してくれた。

 私の心の中には、行きの道中に見つけた、羊蹄山絶景ビューポイントがあった。「やっぱりあそこだ」と確信した。その後、奥の駐車場まで戻って、おじいに頼んで、きた道を戻ってもらった。
 あそこからだけ、雲が切れて、晴れ晴れとした空の下、一面に広がるじゃがいも畑の上に、目の中に飛び込んでくる羊蹄山が見えたのだ。
 おじいは、
「はいはい、来た道ね~。戻るから、わかりますよー。そこまで来たら車泊めるから、言ってね」
 と言って、向かってくれる。

 ついにその場所に着くと、私はじゃがいも畑の雪よけ機(が、道沿いに塀のようについているのだ)の間から、見える羊蹄山を撮りまくった。
 雲が切れていて、北海道の大地・じゃがいも畑の上にあるというのが、またいいのだ。
 おじいは車を泊めて、遠くでたばこをふかしながら、思う存分撮らせてくれた。

 今思うと、結局、こういう形でないと、「行けるかな~」とおぼろげに夢見ていた、羊蹄山に行くことはできなかったのだ。一人で何となく電車を乗り継いで、バスで山の麓に行っても、水は汲めなかっただろうし、山には厚い雲がかかったままだっただろう。
 私が山を見られたのは、おじいとの出会いと、助けがあったからだ。
     Photo
 私にとって、あの時雲間が切れて、北海道の大地の上に見えた羊蹄山は、人の優しい助けがないと、人と一緒に行かないと、人を信じないと見られない山だったのだ。
それが、人間関係に疲れて旅に出た私が夢に見た、愛情を復活させる山、羊蹄山なのだ。

 さあ、予定通り、昼までに羊蹄山と湧き水行けたね、と、意気揚々車の中で話しながら、温泉街の方へ戻っていると……。
「今ならメジロ牧場見学できる時間だけど、行く?」
 と言うので、
「行く!」
 とソッコー道を、メジロ牧場へと続く方に切り替えて、直進した。
 メジロ牧場は今日もなぜか人はおらず、(後から考えるとこの日は『セレクトセール』の日だったから、牧場総出で珠玉の仔馬をつれてセール会場に行っていたのかもしれない。知らんけど)仕方ないので近くのお馬たちとたわむれた。
 厩舎から顔を出してくれた、こちらに興味のまなざしを向けるお馬たちに、あいさつに行く。
 ある子に、手をさしのべて鼻づらを触ろうとすると、ビクッ!――と、馬房の中にのけぞってよけられた。
「あー、びっくりさせてごめんね~sweat01
 と下がり、他の子とたわむれていたら、怯えた子がまた顔を出してきて、興味深げにじーーっと見ているので、もう一度ゆっくり行って触ったら、普通におとなしくしていた。さっきはちょっとびっくりしただけなんだよね。
 そして、厩舎の外で囲いに入った、すごく立ち姿のきれいな子が、こちらを見ていた。股間をじっくり(こら)見るに、どうやら牝のようだ。
 ゆっくりと歩く、その歩様が、ぞくりとするほどやわらかく優雅で、美しい。私は、
「なんてキレイな子!」
 と惚れこみ、その子としばしたわむれた。
 この子の名前は? 有名な名牝かもしれない。そうでなくても間違いなく、由緒あるメジロ血統の、宝の牝馬なのだと感じられた。

 その後、どこまでも続く広大なジャガイモ畑を車で行きながら、あまりにもジャガイモの花を見過ぎて、北海道の文化はジャガイモなのだと思い、ジャガイモが欲しくなってきた。
 そこで、おじいの提案で、「道の駅」へ行ってみることに。まだ時期じゃないけど、早めに収穫されたジャガイモがあるかもしれない、ということだった。
 道の駅には、地元の人が作った野菜の中に、数個だけ、「インカノメザメ」という、早い時期に採れる小さなジャガイモがあった。小さいのが8個ほど入って150円と、値段もいい感じ。いそいそと買って、リュックに入れる。
 ジャガイモは元々アメリカ大陸が原産で、マヤやインカの古代文明で栽培されていたものだ。それを、コロンブスの後訪れたヨーロッパ人が持ち帰り、戦地の下でも育つというのでヨーロッパでも広がり、今こうして北海道の大地にも根付いている。
 そんな歴史ロマン?を感じながら、ゲットしたイモを大事に車に持ち帰った。

 それから、私はトイレが近いので、ちょうどいい所にある、昨日行ったオススメ洞爺湖展望台に行き、トイレだけに、観光するフリしてそ~っと入ってきた。だんだん洞爺湖畔に近づいてきた。
 何気に、車の中で人生相談にものってもらっていた。何と、おじいもその昔、信金職員だったというのだ。それから勉強して公務員になったようだが、なるほど、だから「信頼感あふれる嘱託のおじい達」と同じ雰囲気を持っていたのだ。
「信金やっぱいやですか~」
 と訊くと(実は今回、転職も決心しようかという旅でもあったのだ)、
「でも、お金が安定してるし。お金なくて幸せってのはないからね。で、嫌になったらこうしてまた旅にでてくればいいさ」
 と言い、やっぱそうだわな~、と思ったのだった。
 それから、湖の近くの、美味しそうなおそば屋さんがあったので、おじいが
「お腹いっぱいかもしれないけど、ちょっと食べて行こうか」
 と言って2人で食べに行くことにした。

 考えると、羊蹄山に行った後すぐ帰らず、色々と寄り道をしたのは、2人の旅が終わって別れるのが、名残惜しくなっていたのかもしれない。
 たこの天ぷら付きのそばは、羊蹄山の水のように、美味しかった。
 ただ、近づく時間とともに、私はじくじく焦りも感じ初めていた。
 次は洞爺湖の中島に行って、森を散策したいと、当初から考えていた。道中は、(ああ、次は中島に行って、自分の旅の時間を持ちたいのに、早く解放してくれないかなあ)なんて、思ったりもしていたのだ。
 中島に行く遊覧船は、30分おきに出発している。今はもう、1時半前だ。
 その時ふと、おじいが、
「1時半はムリだな……2時、も、ムリだな……」
 と、壁にもたれて目を伏せ、さみしそうにつぶやいた。
 私は突然怖くなって、早く行かねばと思った。このままでは、私の目的と予定が消えてしまう!
「……行く!」
 私は力強く言った。
「行くの?」
「うん、行く! 1時半のに乗りたい」
「……うん、それじゃ、行こうか」
 そう言って立ち上がると、おじいがお金を払ってくれて、私たちは悠々とそば屋を出た。

 車に乗り込むと、おじいは急いで車を飛ばしてくれた。
 ここからだと、次の1時半の便に間に合うか、微妙なところだ。というか、決断が遅かったので、もうムリかもしれない。2時まで次の便を待って、洞爺湖畔でぶらぶら散歩していてもいいのだ。でも、
「あ~~こんな時に限って信号がsweat01
 と、おじいは本気で車を飛ばして、間に合わせようとしてくれる。
「遊覧船の割引チケット持った? 僕、おろすとこから、まっすぐいったらすぐ乗り口あるからね」
 と心配もしてくれる。もう、いいのに、2時でもいいのにと思いながらも、1時半の便に望みを抱く。間に合うかもしれない。ギリギリだ。
 船着き場が見えた。おじいの車がギューンと岸辺に向かう。
 あれ? 本当は、ここで今までのお礼や、別れを惜しんだり、色んなありがとうをたっぷり言わなきゃいけないはずなのに。
 そう言うと、おじいは、いいよ、そんなのと、穏やかに笑った。
「さあ、着いた! 走って!」
 車の扉を開けて、飛び出した私は、必死のダッシュでギリギリ間に合いそうな遊覧船乗客の行列を目指しながら、振り返った。
「ありがとう! 本当にありがとうございます!!」
 それでも船のチケットを握りしめて、乗船場へ駆けて行った。
 本当にギリギリ、一番最後の乗客として、私は洞爺湖遊覧船に乗り込んだ。
 でも、おじい。まだお礼や、言いたいことがいっぱいあったのに! まだ船着場近くに見えるかもしれない。
 そう思うと、一目散に、陸地側にある、船尾の乗船室に走った。
 そこは優雅な長イスがならんでいて、たくさんの窓からは、船着場の岸辺のようすが見えた。
 外に、おじいの姿があった。車から降り出て、出航前の船を見守ってくれている。
 私は空かない窓の中から、思いっきり手を振った。おじいは気付いてくれた。手を振り返してくれる。
 私はさらにぶんぶん手を振る。船が動き出した。
「ここは一等船室ですよ! お支払いしてない方はお乗りになれませんよ」
 と後ろで船員がわめいていった。でもかまわず、遠ざかってく岸辺のおじいに、まだ手を振る。見えなくなってきたので、上階の、船のデッキの上に出た。
 ざあざあと水しぶきをあげる湖の上。ここには、家族連れなど他の観光客もたくさんいた。進む船が、遠ざかる岸辺に、まだ小さくおじいが見えた。全身を使ってぶんぶんと手を振る。おじいも手を振ってくれているのが、小さく見える。私はめいいっぱい手を振る。おじいがまだ岸辺にいて、こちらを見て手を振ってくれている。やがて温泉街は小さくなり、おじいはもう見えなくなった。
 私は一人泣きながら、岸辺を見つめて船に乗っている、ヘンな子だった。この出航が今生の別れとばかりに岸辺に手を振る人は、私一人だっただろう。。(そりゃそうだ。みんなは一緒に観光しに来てるんだから)

 やがて中島に着き、念願だった植物会館や、エゾ鹿のいる森の中を歩いて回ったけど、それが結局何だったというのだろう。
 帰りの船に乗って、ざあざあしぶきをたてる湖を見つめながらも、私はおじいのことを考えながら、いっぱい後悔をしていた。
 何で、午前中までで解放してほしいなんて、思っていたんだろう。
 何で、早く一人の時間がほしいなんて、思ったんだろう。
 何でちょっとでも、邪魔だなんて思ってしまったんだろう。
 おじいはあんなに良くしてくれて、最後にただ、少し寂しがっただけなのに。
 この旅は、“信じること”のための旅だと思って、すごくいい人に出会ったのに、また人を怖がって、疑った。信じ切れなかった。
 水面を横切る船に乗りながら、自分の心の汚さが、水泡がはじけるように、次々浮かびあがってくる。
 これじゃあ、私が怒っていた、私の良心に対する野球部員たちの態度と、同じことをしてるじゃないか。
 今ならわかる。彼らもただ怖がって――そう、メジロ牧場で、いきなり触って驚いてしまったあの馬のように、怯えていただけなのだ。きっと私の応援したい想いの中に少しでもあった、欲と執着に対して。私が今回、時間をとられるんじゃないかと怖がっていたのと同じように。
 でもおじいは、私がよそへ行きたいと言ったら、すすんで手放して、送り出してくれた。どこまでも優しく、「これも縁だからね」と。ただ人と人は、縁を持ちながら通り過ぎていく葦なのだ、と言わんばかりに。

 しばらく後悔にさいなまれ、悲痛な思いで泣いていて、気付いた。

 もし、心に何もやましいことがなかったら、今、どう思っていただろう、と。
 それが本当に正しい答えなんだろうと思った。きっと、おじいは後悔してほしいわけじゃない。
 ただ、怖がらずに、考え過ぎずに、優しくしてくれたことを受け取って、ありがとう、と思えばいい。
 たくさん感謝して、欲も執着も後悔も、洞爺の湖に捨てて、ただ幸せだけを家に持って帰ればいい。
 私はまた自分の心の汚さに気付いたけど、それを洗い流して、浄化してくれるパワーが、洞爺湖にはあった。
 人と共に生きていこうとか、したいこと以外の“周り”は、邪魔ではなく必要不可欠な助けになるのだと思えた。
 私は涙を流しながら、後悔と執着と怖れを、洞爺湖に捨てた。

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         この旅で一番、価値のあったもの

 帰りし、ちょっと勇気を出しておじいにありがとうの電話をした。借りていたビニール傘も、タクシー事務所に返しておいた。
 おじいは電話の向こうで何でもないことのように、ちゃんと船で中島まで行けたか、帰りのバスにも間に合ったか、また道中の心配をしてくれた。私はとにかく、おじいのおかげでこの旅がいい旅になったことの、感謝を言うことができた。

 電車や、空港から大阪に着くまでは、かなりの時間と道のりで、目もかすんで体はしおれそうだった。
 だが空港では、ありったけのお土産を買った。普段旅行に行っても、お土産はほとんど買わないけれど、今回は本当にいい旅だったから。普段買わない会社の人や、友達家族にも、幸せのおすそわけをしたいと思って、行きの荷物リュック1個分よりも、大きな袋いっぱいにつめこんで帰ってきた。
 人に傷ついて旅に出て、人にやさしく癒されて帰ってきた旅だった。短時間の中で、人との出会いと別れが凝縮された旅だった。
 愛情のパワーをたたえた羊蹄山と、過去を捨てて生まれ変われる洞爺湖、そしてでっかい大地の北海道は、確かにそんなパワースポットだった。

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