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2010年6月

天使と悪魔

『ダ・ヴィンチ・コード』の著者の本に、そんなタイトルがあったと思う。

 私は自分を天使だと思う時もあるし、悪魔だと思う時もある。多分その両方が真実なのだと思う。
 よく、自分の心の中で、天使と悪魔が戦っているようなシーンがあるが、あれが『葛藤』というものだ。

 さて……考えてみよう。
 今、自分の手のひらの上に、愚かな男が乗っている。
 自分が手のひらを少しかたむければ、下の灼熱地獄に落とすことができる。
 手のひらに乗せたままか、上へあげれば、新天地へいざなうことができるかもしれない。
 こんな時、どうするべきか? ……というのが、今の私の問題である。

 つまり話は、しょーもないことなのだ。
 会社で、カスみたくしょーもない若い上司が、私に鉄拳をふりあげた(というか首をつかんで睨みつけ、暴言を吐いてきた)のだ。
 ことの発端は多分、荷物室にいるガーガーうるさいおっちゃんが、電話で私に、
「お宅あての大きい荷物来てるから早く取りにこんかい」
 とヒステリックに言ってきた時だ。
「じゃあM氏(問題の若手)に言ったらいいんかい」とかおっちゃんがキレて言ってくるのがあまりにイヤで、テキトーに答えて電話を切った。(←まあこれはちょっとはいかんかったと思うが)
 で、その問題の若手男性M氏のところに電話がかかってきた。その時おっちゃんは、私がM氏に行けと言った、とガーガー言ったのだろう。
 それ以来、M氏は何かとつっかかってくるようになり、主に、
『権力のタテ社会に反した言動』を私がした(とM氏が勝手に悪く解釈した)時に、イヤな言葉や態度やオーラ(?)を放ってくるようになった。
 M氏はそれまで、私を性的または面白キャラ的に見ていたが、実は非常に権力に貪欲で、学歴的タテ社会に生きる生物、幼稚で自尊心は高い、上に従い下に尊大な、欲と自己愛にまみれた下等生命体であった。(まあ、男とはそうでないと生きていけない側面もあるのかもしれないが……)
 もちろん私はそんな奴のイチャモンは無視してきたが、ストレスはたまるものである。

 私はこの愚かな男を叩くべきであろうか。
 多分M氏は明日にでも、私に攻撃をしかけてくるだろう。
「自分がいかに正しく権力ある、敬うべき存在であるか」を語りながら。
 なんと小さく、ひ弱なことか。
 この繊細な小動物は、権力という鎧をかぶり、論理という武器をちぐはぐに使いながら、「僕を大事にして」と泣き叫んでぶつかってくるのだろう。

 さて……

 私はどうすることもできる。
 か弱い女性である私は、泣きながら周りの人に訴え、または人事部という権力機関へのSOSを使い、奴の風評や権力への階段をへし折ることができる。
 まるでチェスか将棋のように、状況を先読みし、人を動かし、駆使し、奴を締め上げる状況に持っていくこともできる。
 どん底まで貶め、自尊心を破壊し、ズタズタに壊滅させ、この会社で再起不能にすることも可能だろう。
 それも、自分はか弱い女性の姿をしたまま、表面下で。そういう軍師のような才能は、自分にはあると思う。
 小難しい話になるが、私は物語を書くので、その時“神がおりてきた!”ようなトランス状態になりやすいタイプである。ユングの言う集合的無意識、プラトンの言うイデア界(?)というものにアクセスしやすい。
 全て見通せるその世界で、自分の思ったキイをポン、ポンと動かせば、成るべき局面に動かせていくのだ。

 ただ、この能力を使うことが、人として正解だろうか?
 私の中の、天使と悪魔は苦悶する。
 使うとして、どこまで使う?
 慈悲をもって接するべきではないのか?
 私は人として高潔で素敵になりたい。
 だから多分、悪魔としての最大限の能力は、使わないだろう。
 かといって、天使になるほど、全てを許して甘くはなれないと思う。なぜなら私は人間だから。
 人として、どうするのが正しい道か? 天使と悪魔が相談している。 

 ただ、こんなクズ相手でも、いいことはある。
 それは、小説のネタになるということだ。
 キャラとしての、低レベルな人間を知ることのできる、尊い体験でもある。奴の言動の数々をメモっておこう。

 ちなみに、こないだ医者で「プチうつ」診断出ました。
 てか、こういうこと考えてるからストレス溜まるんだよね~。
 著名な文学者みたいに、病んで自殺するのはゴメンだわ。
 ま~考えてみたら、どーーーでもいーことだよね~~。

 天使と悪魔さん、オヤシュミsleepymoon3

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