悪霊退散ッ!

久しぶりに霊の夢を見た。体調悪くて寝込んでたら現れた。半現実。

ほんまに不逞やつらや!
人が寝込んでる時に。
しかも今回は家族に化けて現れた。
こさっぺは怒っている。

なぜわかるかというと、奴らには気配がある。そこに‘いる’とわかる。見えないけど。人っぽい気配。触れば形もある。

ほんで今日はお父んと妹に化けて近づいてきおった。
そこがむかつく!
どうせそのへんのザコ霊が化けて出よったんやろう。
声としゃべり方は人の記憶引き出してるんか知らんけど、姿ぼかしてるし、化け方が完璧じゃないんだよ!

妹のようにやって来て、足元に座ったので、後ろから触ってやった。
肩。腕。首筋からあご。
肌はちゃんとしてる。が…
「妹の肩幅はもっと広いんだよッ!」
と言って肩を揺すぶってやると。
消えた。居たところ触っても空をきって何もない。
ふふん。わが妹のデカさは研究できんかったようやな。170cmあるねんぞ。

しかしほんまイラつくわー。
人が寝込んでる時にっ!
言っとくけどな、こっち人間には魂だけじゃなくて体もあるねんぞ! なめんなよ。今度出たらブッ殺すぞ! もう死んでるか。
オンコロコロマトウギソワカッ!(何の呪文か忘れたけど)

アホらし。寝てる場合やないな。
ごはんでも食べよ。

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リーダーという人種

リーダーという人種
実家でまったり療養中。

病院を大病院に変えてみたら、前のテキトーな先生よりがっつり治療してくれそうでよかった。
…けど、通うのが1日がかりで、体力のピークを越えてまた寝込んだという。。

今日また、頭痛いわーと思って、絵を描いてみたらちょっと治った。
百均の塗り絵。途中までだけど。

お手本の色とはまるっきり違う色を塗るあたり、とことんあたしはルールに縛られるの嫌いな人種だな、と自覚する。

けどもういいことにしました。
“普通”の社会に入る気、ないし。
OLやってみたけどしんどかったー。

と思うけど、人間観察にはめちゃくちゃ貴重な機会だった。
他にも色々あるけど、以前は、

『リーダーはなぜ、あんなにあからさまに踏ん反り返っているのか!?』

ということがよくわからなかった。
会社のトップとか、周りにズララッとおじさん達が背筋を伸ばして列んで、笑顔でへいこら不自然に、ありえないぐらい下手なお世辞を必死に言っているのはなぜなのか?
学生の頃は笑っていた。
(何あれ?おかしいwヤクザの親分みたい)

が、しかし。実社会とはまさにヤクザの親分と子分のような世界なのだ!
なぜへいこらするのか、それは権力!!派閥に入って目をかけてもらい、出世するために他ならない!
というかオスの社会はそうなっている。世は男社会。オスにはメスや子供も待っている。だから戦うためには下手な世辞でも何でもやって、上にあがるんじゃあ!
という気合いが、おじさんたちの空回りの正体だった。

では、リーダーは?
なぜあんなに思いっきり、俺様オーラを出しているのか?


それは、こないだ行った
『小池一夫トークショー』
で久々に見てわかった。
大学時に小池先生のゼミ生だったので、実家に出欠ハガキが来て、友達に引っぱっていってもらった。
小池先生は会場に現れた瞬間から、
THE KAZUOオーラ満載だった。
もう出てくるだけで面白い! そして言う言葉は、
「大事なのはキャラクターだ!」
キタ-----(゜∀゜)-----!

そう、キャラ出してんだ。俺がリーダーですよ、という自己主張。目印。わかるように見せてるわけだ。ちょっと楽しみながら。
それは大勢の中で唯一主張できる権利。それと共に大きな重責も背負う。
お前らの責任ぜんぶ俺にあり。
そう出来る能力から権力も生まれる。
強いエネルギーで、周りを引き連れ、嵐のように動いていく。

ちなみに小池先生の前にはものすごい行列が並んでいて、友達とこっそり最後の方に並んで、
「どうしよ、どうしよ」
とか言いながら、持ってきてた作品(130ページにおよぶ戦国時代物のネームとキャラ表で、それも小池書院のネーム用紙に描いたやつ(笑)を見てもらった。
アドバイスも貰って、ついでにツーショット写真も撮って貰って、会の最後の去り際には
ポン、
と左の腕をたたいてもらった。
気が入った気がした。


これまでは、会社で周りの人の吐く毒にあてられて、
現実社会とは弱肉強食の闇の世界、鬼のひしめく地獄で、出る杭は打たれ、苦しみぬいて生きていくしかないのだとばかり絶望し(大げさ)て、
派閥や出世、権力を怖がっていた。

でも今から鑑みると、光の側面もあるんじゃないか。
仲間や脚光、能力を得て、素晴らしい世界に行けるかもしれない。
というか、
派閥という仲間、出世という脚光、権力という能力は、人間社会で普通のことで、上手くも使えるし、下手すると地獄もある(笑)
と、フラットに考えることが出来るようになった。

うーん、これもKAZUO効果か。
相変わらず、もんすごいオーラだったしなぁ。ボス!! て感じ。
とにかく、久々に元気な先生に会えてよかった。


そして久々のブログ。文章書くとスッキリするわぁ!
ほんでも少し調子回復したら、GWはマンガ描くでー☆
でももちょっとだけ、実家でゴロゴロ。

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大阪一のラーメンしくった×リベンジ

こないだテレビでやっていた、大阪ラーメン王者をきめる番組で、No.1になった店に行ってきた。

「カドヤ食堂」。

偶然、ご用達にしてる図書館の近くにあったので、本返すついでに行ってみた。

案の定、めちゃくちゃ並んでいて、1時間は待った。
しょうがないか、テレビ出たばっかだし。。
と思いつつ、さっき借りてきた本『戦争論』を読ちながら待つ。
と、あまりの強風に、「列最後尾」の立て看板が倒れた。
見ていると、みんな我関せず。倒れたまま放置しとく気らしい。
怖い世の中じゃ…と思いつつ、引きずって物陰に置いておく。
まだ列も半ばだ。

やっと店内に入ると、メニューがようわからん。
「何が美味しいんですか?」
と店員に聞くと、困惑して「全部人気です」とか何とか言う。
わからないので、一番近くに貼ってあった新メニュー、魚介ラーメンを頼んだ。

が、これが大きな間違いだった…。

中華そばの店なんだから、迷わず中華そばにしといたらよかったのだ。嗚呼、後悔してもし足りない。

しばらくして、魚介のラーメンが目の前に置かれた。
恥ずかしならがら、人が多くて、写メを撮ることはできなかった。いろいろ残念。

で、食べてみると…
この汁は、うどんや…!

魚介の出汁とはよく言ったもので、濃いうどんの出汁のような味をしている。
ちゅるちゅるした麺の入った、濃いうどんだ。
これは魚介ラーメンではない。
ここに「うどんラーメン」という名を強くすすめたい。こりゃ、うどんラーメンという名こそ相応しい!う〜ん我ながらいいネーミング。

と思いながらうどんラーメンをすすりつつ、隣の人が食べる「中華そば」が羨ましくて仕方なかった。
よし、次図書館の本返しにくる時は、「中華そば」を食べにこよう。
と、固く誓うこさっぺであった。(ちびまるこのナレーション風)

追記
2月8日、再チャレンジでいった『黒豚旨味そば』はふつうにメチャ美味だった。
帰りぎわ、店長のでっかい極道トトロのようなおっちゃんがいたので、「ごちそうさまです〜美味しかったです〜^▽^」も言えた。


さらに追記
3月。またまた図書館通いのついでに行ったら、またコワモテの店長のおっちゃんがいた。
店長ルームに入ったり出たりしながら、カウンターの端に座って見えるあたしの、ラーメンがまだ出てこないと、
店長「まだか」
店員「もう少しッス」
とスタッフに声かけもしてくれる。
今日のメニューは塩ワンタン麺。まあ美味しかった。
さて、と席を立ってコートを着ると、店長ルームからバァンとおっちゃんが出てきて、
「ありがとうございまっす」
と声をかけてくれた!
そしてカウンターへ入って行くおっちゃん。
レジ近くの洗い場で手を洗っていたので、帰りぎわ、聞こえるように
「ごちそうさま〜」
を言って出てきたのだが…

もしかして、(図書館ついでに)通いすぎて、覚えられた!?

おっちゃん…!

やっぱテレビ出て、大阪No.1とか騒がれたけど、
「そうでもないやんけ」
とか言われて、
美味しいと言ってくれるお客がうれしいのかしらん。
あんなヤクザみたいに恐い顔して。。大変やなあ(・_・、)
と勝手に想像。

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宗教と集団心理

 宗教に引っかかった。

 ある人が、「尊敬する人がいるから紹介するよ」というので、何の気なく会いにいった。
 おしゃれな店の奧の席にすわっていたのは、こざっぱりした顔立ちの青年実業家だった。
 そして、話を聞いていると、ある本をすすめられた。

『金持ち父さん 貧乏父さん』

 すべての夢をかなえる基本、のように教えられたこの本は、たしかにおもしろい本だった。
 が、後になって友達から聞くと、これは今流行りのネズミ講団体、“アムウェイ”や“ニュースキン”の教科書になっている本らしい。
 内容自体はいい本かもしれないが、求心力が高い分、“経典”としてさまざまな組織に利用されているのだろう。一部、ネットワーク・ビジネス(つまりネズミ講)を奨励する文章が書かれている部分には、首をかしげた。

 そして、彼に会った次の週には、“オシャレな食事会”に連れていかれた。
 そこにいる人たちは善良で、いかにも仕事のできそうな、パリッとした20~30代の若者たちで、明るく気軽に話しかけてくれた。それはもう、しみったれた会社のメンツや、暗い顔して後ろ向きな若者より、よほどイキイキしていた。
 そこへ、あの青年実業家が現れた。
 するとあっという間に、彼のまわりには、我も我もと人が押し寄せ、話を聞こうと必死な人だかりができた。20人ぐらいだろうか。じっと固まって、青年実業家、”オーナー”さまの言葉に耳をそばだてている。
 ここで、何か、おかしいぞ。と思った。
 食事会に誘ってくれた信奉者さんは、「これだけ人が集まってくるオーナーさんってすごいよねー」と感激気味に言っているので話にならない。
 “オーナー”さんは億万長者、すなわち金持ちすぎて何も仕事をしなくていい自由人らしいのだが、そうなる方法を、信奉者たちに教えてくれているらしい。そういう、素晴らしい人なのだそうだ。

 そして、食事会にいた信奉者さんたちが主催する、ラットレース脱出(つまり脱サラ)のためのキャッシュフローゲーム大会というのに連れて行かれた。
 株や不動産など、金融ころがしを主にした人生ゲームのようなもので、なんと1セット2万円もするらしい。しかしオーナーの直弟子さんたちは普通に持っていて、それが5ボードも集まって、大人数のゲーム大会となっていた。
 やってみると、最初は意味不明だが、慣れればカンタンなもので、現実無視のゲームルールだと次から次へ脱サラして億万長者になれる。
 そうしてみんな「夢をかなえたー」と言って喜んでいるが、ちょっと待て、ここにいる全員、現実には脱サラできてないでしょ。
 だいたいこのゲーム、不動産の減価償却は? フランチャイズ店の管理は? 株価の値下がりは? 離婚時の慰謝料は? そもそも食費は? 生活費は? 全部無視ですか。そしたらそりゃ土地や債券ころがしてお金持ちにもなれるわな。
 なのにゲームが終わったあと、直弟子さん主導の反省会のようなものがあって、「今日もよく勉強になりましたね」でお開きになる。
 いやいやいや。実際の金融市場や、経済や法律について勉強する方が先では? それこそ本物の商売人に奉公に出た方がいいのでは? それともそこをオーナーさんは教えてくれているのか?

 いったいオーナーさんは、具体的には何を教えてくれるのかと、信奉者さんたちに聞いてみた。すると、
「あり方」
 とか、
「オーナーさんと一緒にいると、自分との人間的な違いがわかる」
 といった、曖昧模糊な答え方で、どうも的を得ない。
 そしてただ無心に、“オーナー”さんの言うことは絶対正しいと、集団で信じ込んで、あがめたてまつっている。

 これは、宗教だ。

 いや、彼のことを信じている本人たちは、宗教だとはたぶん、露とも思っていない。彼らとしてはまったく“善意不過失”(法律用語。法的に罪を問われない、の意。彼らは知らんだろうが)なのである。
 それに悪徳宗教のように、突然金を出させたり、歪みまくった思想を無理やり肯定させようとはしない。
 だがどんなに優良な人格者であり、“教え”であり、純粋に信じる人々であっても、
 真言密教・弘法大師空海と信仰者しかり、
 儒教・孔子と高弟しかり、
 それは宗教なのだ。
 宗教の教え自体が悪いこととは思わない。『般若心経』や『論語』は、それ自体は“いい本”だ。その教えは人を救い、幸せにするものでもある。
 実際信奉者さんは、“彼”に出会ってから、生き方考え方が見違えるように変わって、明るく行動的になれた自分を、誇りに思っている。それはとても良かったなあと思う。
 でもその教義を絶対のものとして、他人に押しつけるのはいかがなものか。

 あたしはこの、上から言われることを無思考状態で信じこむ集団というものが、会社であれ教室であれ宗教であれ、大キライだ。
 彼らは、「自分だけでやろうとしてもできないんだから、先にできた人の言うことを、全て素直に受け入れることが大事」だと、もっともらしく言う。
 あたしもエラい人の意見は積極的に聞くし、取り入れたいとも思う。しかし――
 その中に自分の意思や、意見の取捨選択はないのか。
 上の言うことを全部きく、全傾倒しか許さないぞという空気。反対意見はなく、全員一致で“同じ”ことを考えている気味の悪さ。自分で考えるということが、できなくなっている。他人に操られるコマになっていることに、気づきもしない。
 戦前戦後の、いやそれより前からある、国民洗脳のようにキケンではないか。
 この人の言うことさえ聞いておけば極楽へ行ける――そんなわけない。
 弱いもの同士が手を取りあって、幻の安寧を夢見る。何という負の集団か。そんな吹き溜まりの空気に、触れるのもいやだ。言うたらあたしがウツになった原因自体がコレかもしらん。
 そんな集団の一員になる前に、こういう人を集めることによって、その集団の長、指導者が何を得ているか見てみよう。
 それはあがめたてまつられる事による王様気分だったり、もしかしたらもしかしなくても、金という利益を搾り取っていたりする。
 そんな人の下につく集団の、1人になっていいのか。
 否。
 言っとくが“エライ人”はお前だけじゃない。世の中は自分以外の全てが先生だ。信者にとってあんたは神なのかもしれんが、あたしは別にあんたのような人間になりたくありません。

 だからあたしは宗教や集団心理は好かん。
 誰に何と言われようと、あたしは独立独歩型の人間であるらしい。
 ただ紹介者さんの、ただ盲信して集会に行っている以外の部分、積極的な声かけや、ポジティブな言葉、行動、たゆまぬ自分磨きをする人間性には、見習うべきものがあった。そんな、いい部分だけは、取り入れていきたい。集会には二度と行かないけれど。
 いろんな人に会って、見て、学んでいこう。
 で、よくないモノは迷わず断・捨・離! (by古代インドの教え・ヨガ)

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あけおめ〜〜る

今年はいちお喪中やったので、年賀メールになりました。
   
ついでに年賀ブログ。
   
新年あけましておめでとう!
   
   
イエーイおみくじ大吉やった♪
 
しかもその後マックスバリュ行ったら、狙ってたあんこ餅が最後の1袋だけ残ってたー!ゲッチュ!
まさに大・福やね。
   
   
しかし今回のNHK紅白歌合戦は感動的やったね。
生まれてこのかた、あんなに日本のみんながひとつになった紅白は見たことがない。
見てよかった。
   
ついでにもひとつ見てよかったのが、『お正月芸能人格付けチエック』!
今年も一流芸能人Gackt様の勇姿を拝もうと、テレビを見ていたら、
音(ヴァイオリン)と、
演出(ドラマを監督した映像)と、
ダンス(振り付け)は、
違いがすぐにわかった!
特に演出は、お笑い芸人の撮った映像がヒドすぎて一発目でわかった(笑)
ヴァイオリンは、名器の演奏の方が、音の表現力と深みが違ったし、
ダンスも、有名振付師の作品の方が、より複雑で洗練されてた。
うおお、これはもしかして、ちょっと一流に近づけたんじゃね?
去年まではうっすらとしかわかんなかったのに。おっしゃああ元旦から幸先いいぜ!
芸術専攻しててよかったっ\^o^/
それとも今年は簡単になってたのか。
さて……そんなお正月。
   
旧年中はとってもとってもお世話になりました。
今年はさらに思いきって、龍が空高く駆けのぼっていくように、どんどんいい年にしていきましょう!
この1年があたしにとってもあなたにとっても、いい日々でありますようにheart01

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年末の 難波の夜に 火の用心

年末の 難波の夜に 火の用心
こんな都会なのに、今なんばでは、

火の用〜心♪ カチ カチ

が鳴り響いております。
街のおじさんおばさん、とっても元気。

だがしかし…

今日夜ごはん作るときにやっちまったよ。
髪の毛チリチリ。こげくさい。
いやみそ汁をね、温めようとしたら、その手前の鍋のコンロの火が激しくて、髪の毛先が焼けちまったんだよ〜〜ぅ(泣)

その後ごはん食べてる時に、♪火の用心が聞こえてきた。

遅い。。もう髪の毛焼けた後だ。
まあほんまに、年末、火には気をつけて。

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自分がいまだウツでした

久々に高校のときの友達に会った!
お人形さんみたいに可愛らしい、華やかな女の子2人と喋りまくった。
ほぼ10年ぶりで、結婚もしたと聞いていたので、きっと順風満帆、幸せに暮らしてるんだと思っていた。

が、そのうちの1人の子が、なんと数年前までウツを患っていたというのだ!
それも金融機関に勤めたのが合わなくて、気の病にかかり、治すのに3年以上かかったらしい。
まさかの同境遇…! でも今は復活して、元気に暮らしているらしい。

そのころの話を聞くと、症状や環境が自分と重なることが多々あった。
例えば、朝がしんどくて、夜になるほど元気がでてくるというのは、ウツの基本症状らしい。
あと、しんどい日は朝、体が重くて起き上がれない。肩の横に手をついても、体が上がらないのだ。
そして恐ろしいのは強迫観念で、何かをせなせな、と焦ったり、できないと失望したりして、何かもう世間から、生きてることすら責められてる気もする。
人に会って、
「今何してるの?」
とか言われるのもキツい。
「ちょっとずつでも仕事しろ」とか、
早く仕事しろよ。休んでるやつは楽でいいよね。とか、
やっかみまじりのイヤミを言われて、サボってるダメ人間みたいに見られているのだ。
でも他人たちは、患者の気持ちなんて知るよしもない。

ウツ病は、なった人にしか、本当の気持ちはわからない。
友人どころか、親でさえも、何もわからず心をエグるようなことを言ってくる。
わかってもらえるまで、友達はお父さんと怒鳴りあいの大喧嘩をしたらしい。
病んだ時、周囲の理解が治療に大きな影響を与えるというのは、なんだか非常によくわかる。
あたしの周囲で理解してくれてるのは…叔父さんくらいか。

友達の話を聞いて、改めて、あたしはまだウツなんだ、と気づいた。
というか言われた。
その子によると、ウツの人は「目」でわかるそうだ。
ウツの時は目が死んでいるらしい…。
ちなみにあたしは、
「まあまあ回復してるけど、まだ『目』が疲れてるね」
と見抜かれた。
うおお、目を見るだけでわかられてしまうなんて、恐るべし。
でもその子は、3年あまりで本当に完治したらしく、治ったらスッキリして世界が明るく、より楽しく生きられるらしい。
ただし、再発する人が多いのは、完治する前に仕事などをし始めてしまうかららしい。

これは断固、完治させるしかないな。
みなさんも、身のまわりに欝で病んでる人がいたら、まあこんな気持ちなんだとわかってあげてくださいな。

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相続 ~金と利害が人を汚すとき

 相続争いが勃発した。

 49日が過ぎ、おじいちゃんの遺言をひらいたのだ。

 「汚い」お金というのは、こういう風にして出来るんだな、と思った。
 金や自分の利害がからむと、人はおそろしいほど汚く、「自分さえ良ければ良い」となる。
 今日こさっぺは、この小さな相続争いにも、社会の縮図を見た。

 世のご老人というのは、驚くほど金を持っている。
 まったく今の若者に年金をわけてほしいと思うくらいだ。
 そんな埋蔵遺産金が出てきたものだから、息子や娘は大喜びした。それも、おじいちゃんやおばあちゃんの面倒は、全く少しも見ていない兄妹たちが、である。
 うちは次男にもかかわらず、おじいちゃんとおばあちゃんの面倒をみているので、喜ぶというよりは、おばあちゃんのためにどう活用するかにまず頭をつかう。
 そして無責任な兄妹たちは、「面倒を見る」という義務は果たさないのに、「金をもらう」という権利ばかりは過大に主張してくる。
そ、れ、が、相続争い、というものだ。

 そんなわけで、おもに面倒を引き受けさせられることになるのが、うちのママである。
 今日ママは、パパの妹さんの言葉に、怒り心頭していた。
 パパの妹さんは、おじいちゃんが死ぬまではあたしも全く見たことのなかった人で、ここではサッチーさんと言っておく。(パパのお兄さんもいるのだが、それはさらにタチが悪いのでここでは割愛)
 サッチーさんは、おばあちゃんにあげたはずの米をママが横取りし、その上法事で出した御仏前金までママがネコババした、とパパに言ってきた。
 いや、お米はおばあちゃんに分けてもらったものだし、法事のお金は、このあと仏壇を買うために保管しているのだ。なんせおばあちゃんの身の回りの面倒を見ているのだから。
 それを、サッチーさんに「自分の金を盗んだ」とばかりに悪者呼ばわりされたものだから、パパにその話を聞いてから、ママは怒りに打ち震えていた。
 隣で見ていても、ママは黙って固まっているだけなのだけど、怒りが黒いうずとなって、体内に渦巻いているのが見えるようだった。
(な・なんでそんなこと言われなあかんの・・・)プルプル
(自分らしっかりせんと、全部こっちに面倒押し付けようとしてるくせに・・・)
(金のことばっかうるさく言うてきて、おばあちゃんにもいらんこと吹き込んで・・・)
(×△@■☆▼*◇!!)
 と、いう声が聞こえてくるようだった。
 あたしも同じ気持ちになって、2人でずーん、と怒りに沈んでいた。

 が。
 おや? この気持ち、なんか覚えがあるぞ。
 思い出す。そうだ、会社であまりにも理不尽なことを言われ続けた時の、あたしが病んだ原因の気持ちと一緒なんのだ。
 思えばママも真面目で、物事が見えすぎて、かつ全部イヤなことも自分で抱え込んでしまうところがある。
 こさっぺはなにかとお母さん似で、だからこそママを私が救わねばっ、と思って心配していたのだけれど、なんだ、この悩み方は、あたしと同じじゃん、と気づいた。
 そして客観的に言った。
「どうせ向こうは、何も考えてないよ。みんな自分の都合しか考えてないんだからさ。そんなんで、しょーもないこと言われたのをいちいち気にしてたって、時間の無駄だよ。適当に言われたことを、真面目に考えて悩む方がバカみたいじゃん」
 まさにそのとおり。
 自分で言いながら、自分が今まで悩んできたことも、いかにアホらしかったか実感できた。なんかもう、会社の呪いというか、憑き物が落ちたような気持ちになった。
 第三者の目で客観的に見てみると、自分の状況も今のママと同じで、なんっっっってしょーーーもない薄っぺらなことで悩んでたのかしら! と再認識した。
 あたしの上司だった人たちが、物事を良く考えて発言していたかといえば100%違う、というのは周知の事実だった。
 責任逃れてヘラヘラ~と生きる、そんな人たちの言動に振り回されて、悩む必要はないのだわ!
 どうせみんな何も考えてなくて、自分のことしか考えてなくて、その場で適当に言葉発して生きてるだけだもんな。
 ママを救うつもりが、自分が救われたような気持ちになった。

「そうだよね」
「ね」
 と言いあって、その後は2人で納得して、ガハガハ笑ってテレビでも見た。

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夢かたり

 夢を語ろう。
 どんどん語っていこう。

 希望を持とう。夢がふくらむね。

 世にあふれる決まり文句やコピーはそう言うけれど、ほんとうにそうしている人はどれだけ少ないのか。
 大人になって知った。

 その日こさっぺは、ちょっと鬱屈した気持ちで本屋をうろついていた。
 前いた会社の女の子たちとお茶してたんだけど、話の内容がどうにも噛みあわなくて、本屋に居場所を探しに行ってたのかもしれない。
 考えれば仕方のないことで、彼女たちはあたしが嫌だった仕事を当然にこなし、きちんと会社の枠におさまって、平凡だけど幸せなOL生活を送っているのだ。
 政治むきの話になった時の意見の決裂には、肝が冷えた。もう本当になにも言うのはやめよう、と思った。
 根本の主義主張が違うのは当たり前、だからあたしは、その社会にいられなかった。
 素直に思ったことが言えない。居場所がない。
 しょんぼりと本屋を歩いていると、『絵・イラスト』の棚に来たので、ぱらぱらと本をめくっていると、突然隣から声がした。
「あの、絵とか描きはるんですか?」
 女性だった。30すぎくらいか。おしゃれなストールに、揺れるイヤリングがきらめく。
「は、はい~、まあ」
「上手に描けはるんですか~? あたし全然絵心なくてー、本見て勉強しようかと思ったんですけど」
 おおらかで、勢いのあるしゃべり方だ。それから一定時間、絵にまつわる世間話をした後、仕事とかの話になって(ライターをしているらしい。あたしも合わせて元の仕事をしてると偽装)、なんだか共通点も多く、饒舌になって話は弾んで弾んで、しまいには生き方や考え方について、本棚の前で何十分も語ってしまった。
 最後には携帯アドレスの交換までしてしまった。
 もう、怒涛の勢いだ。
 その後も、つまらなかった合コンの帰りみたいにブッチするようなことはなく、帰りながら速攻メールの交換をし、2、3日後にはお茶をする約束まで、その日のうちにしてしまった。
 だって思ったのだ。
 新しい扉が開いた。もし運命というものがあるなら、これがその力による出会いだ、なんて。
 今あたしに必要なのは、少し年上の、自己を確立して、さらなる飛躍をめざすバリキャリお姉さんなんだわ!
 思えば前に仲良くなった人もそうだった。秘書経験あり、広告関係の仕事をして、自分を磨いている6つ上のお姉さんだった。その子とは自慢じゃないが会社辞めた時期も同じだったし、クリスマスまで一緒に過ごした(笑)
 そうだ、あたしが求めているのは、目指しているのは、こういう女性よ!
 ああ、あたしの居場所はこれなんだ。話す内容があまりにも自分にしっくりきて、開放された気分だった。誰にも言えなかった本音を、素直に話してもいいんだ、と思えた。

 そんなわけで、結局5日後に、梅田で一緒にゴハンを食べることと相なりました。
 もう最初から、あの日言えなかった、
「実は仕事辞めたんです」
 を言おうと心に決めていた。(いや、初対面でいきなり仕事はいま無職です、とは言いにくい)
 言ったところで、お姉さんはすんなり受け止めてくれた。
 彼女は考え方がとてもあたしと似ていて、会社の枠にはめられて仕事するのは嫌だ、自分の代わりがいない仕事がしたい、出世して上に行こうとする人の上っ面や陰での文句は耐えられない、文句を言ってくすぶるだけの人生なんて嫌だ、やりたいことがたくさんある、自分をもっと高めてからでないと結婚はない、などなどなど……
 一般常識にとらわれない、いわゆる異端、革新、やりたいことをやって人生を切り開く道を行く人だった。
 話を聞いていると、やりたいこと、夢や明確なビジョンが次々口から飛び出てくる。
 あれがやりたい。これがやりたい。こんな出会いがある。もっと経験したい。いろんなものを見たい。このままじゃいられない、もっと高く高く高く。やれる。できるよ。絶対そうしよう!
 ああ、夢を語る人というのは、こういう人をいうのかと思った。be ポジティブ!
 溢れんばかりのエネルギーから、希望やビジョンがどんどん出てくる。口に出された瞬間、本当に実現できそうな気がしてくる。
 あんなに夢は大事と世間では言っているのに、未だかつてこんな人と出会ったことがなかった。
 学校にも会社にも、作家の大先生だって、ここまで若く希望に満ちたきらめくエネルギーを放つ人はそうはいない。(まあ大家の先生はもうおじいちゃんというのもあるけど) いや職業なんてもはや関係ない。
 文句を言う人はたくさんいる。
 あれがだめ、これがだめ、馬鹿なことは言うな、そんなの無理に決まってる、辛いのが現実なんだ、ああ昔はよかったのに今は全部だめ、だめだめだめ、お前なんか俺の足元にもおよばないぜ。
 大人はどうして汚くなるのかしらん、と思うけど、だめだめ言う人は、自分の何かが上手くいかないから人に当たってるだけかもしれない。
 だって夢に向かって前進し続けてる人は、そんな、人に嫌なことは言わない。むしろ前向きに未来を照らし、応援する言葉をかけてくれるんじゃないのか。このお姉さんみたいに。

 自分の世界の狭さを思い知った。もっともっと、いろんなものを見て、人に会って、見聞を広げていこう。なんせ人生まだ始まったばかりだもんね。
 そんなわけで異業種交流会に誘われたので、そっちにも行ってみることにした。なんでもお姉さんに影響をおよぼした実業家さんや、活動的な、いろんな経歴の人がいるらしい。
「変な宗教じゃないの?」なんて足を引っ張るネガティブなチャチャは入れないでよ?(笑)
 とにかく飛びこんでみる。そこから世界が広がるかもしれないもの。

 ちなみに、お姉さんに、
「なんであの本屋で声かけてくれたんですか?」
 と聞くと、
「うん、こさっぺちゃん、本見てる時に口角が上がってて、すごく絵が好きなのかなぁ~と思ったから」
 出会いなんてそこらにあるし、カフェで隣の席になった人とも友達になれるよ、とお姉さんは笑った。
 本を読んでニヤケていたのが功を奏したらしい。

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マッチョ美

マッチョ美
世界体操みながら人体のスケッチしとる。

ああ、幸せ…!

じつは私、筋肉フェチなの+

筋肉描いてるだけで、もーたまらんっ。
いいわー、男は筋肉!!
あたしより運動できない奴なんてありえんね(何の話や)
この番組、CMまでリポDでケイン・コスギ出てくるし♪

なんてステキな筋肉なのっ。
この筋肉好きで、つまらん「人体デッサン」じゃなくて、
ときめく「筋肉体美描き写し」を日課にできそう♪

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